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「ヴァルヴァロイ様。大変失礼なことを申し上げますが。そのお考えは、私、却下させて頂きたく存じます。何故なら此処は転職の館。お客様が以前の役職を捨て、新たに生まれ変わる場所でございますよ。そんなお客様にとって今後の人生を左右する神聖な手続きの場で、妥協など、ええ妥協などというお考えは!このハナヤマダ、容易く承諾することなどできません!」
お客様に、にっこりスマイル&誠心誠意のご案内で。百点満点、花丸、パーフェクト、大大大満足で帰って頂かなくては。
私のお仕事は遂行されたとは言えないのです。
お給料を貰う気にもなれません。
お客様の、これにして良かった!がなければ、私の仕事はまったく無意味なものとなってしまうのです。
妥協などされてしまった日には、例え明日が来たとしても私の心に明日はこないんですよ!
「えーと……つまり」
「妥協しないでください、私を救うと思って!」
時間まだまだいっぱいありますから!悩みに悩みぬいてください!だって此処、かの有名な「精神と時の○屋」ばりに時間だけは無駄にあるんですから!
「ですが……」
「なりたいものになってなにが悪いのです。なってやればいいのですよ、外見など二の次です。誰がなんと言おうと、怖がられようと、あなたはあなたのなりたい自分になって良いのです。魔王にも村人にも等しくその権利はこの世界にございます。例え他人から非難されようと、その職であなたなりの頑張りを見せればそれでいいのですよ。一番よろしくないのは、外見に合わせて、あなた自身とあなたの夢を殺してしまうことではないでしょうか」
「ハナヤマダさん……」
私。今すごい良いこと言った感じしませんか。
「……有難う御座います、そう言ってくれたのあなたが初めてですよ」
「いいえ。お客様を新たなステージへ導く者として当然のことを言ったまでですから」
実を言うと、仕事が中途半端に終わろうものならストレス性の胃腸炎になるという、諸事情は伏せておいて。
得意げに胸を張って、ゴツゴツとした彼の手を取り私は、さあもう一度お客様に合ったお仕事をじっくり探しましょうと、そこまで誘導したところまで良かったのです。
「ん、……なんか聞こえません?」
「え……――」
応接室の外の廊下から、もう暴れ牛でも迫って来るんじゃと身構えたくなる地響きと豪快な足音と。
聞き覚えのある下品な叫び声に幾度目の嫌な予感がして。
振り返った時にはもう遅く。
扉を壁に留めていた金具が激突して、私の眼鏡のレンズにアートのように広がる罅。
何が起こったかなんて説明したくもない大惨事。
廊下と応接室の境界線を果たしていた扉が、見るも無残に剥がされて、もう扉というより壁か、ちょっと大きめの盾にしかならないそれのドアノブを掴んだまま。
「ハナちゅあああああああああああああああん!ちょっと話があんだケドよぉおおおおおおおおおお!今いいいいいいいいいいいいいいい!?」
そこに荒々しく突っ込んできた人物は私をみつけるなり耳を塞ぎたくなる大音量でそう言って。
「…………あ、壊れた」
一拍遅れたリアクションを取り、破壊した扉を虚ろになったその場所に嵌めて。
メンチ切りと勘違いする顔で振り向いて、巻き舌で再び大声を張り上げた。
「大変なことになってんだよおぉおおおおおお!ハナちゅあん、今時間いいかあああああああああああああああああああああ!?」
突如現れた、教養、常識、礼儀知らず、壊滅的な思考回路を持つスーツ姿の「若者」と書いて「バカ」と読む。
金髪リーゼント頭、そばかすまみれの不良顔の登場に、私はぽかんとして動かないお客様に丁寧にお辞儀して、
「申し訳ございません、すぐ終わらせますので」
にっこり笑ったあとに適度に指の骨を鳴らして。
私は傍にあった棚からちょうど良い分厚さの職業一覧書を手元に呼び寄せると。
しばらくお時間を頂くことにしました。
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