琥珀色の喫茶店
相生 碧
あれ、偶然ですね
ーーーからんころん。
「いらっしゃいませ」
古めかしいベルの音色とともに扉を開けば、珈琲の香りと共にあなたをお迎え致します。喫茶店『レイシー』にようこそおいで下さいました。
私の名前はベルメリー、ここの店主をしております。ええ、先代から受け継いだばかりです。
さて、あなたのご注文は?
「ブレンドコーヒー、頼むわ」
カウンター席の、お気に入りの場所に座った幼馴染みが片手を上げて注文をしてきた。
すかさず私は、彼の方を向いた。
「かしこまりました。……以上でよろしいでしょうか?」
「今日はいい」なんて言いながら茶色い髪をかきあげた。飄々とした表情で笑っているが、少し清々しそうにも見えた。
何か良いことがあったのかしら、とそんなことを思っていると
「ベル、かしこまらなくていい」
「今は仕事中ですので」
「店主さん、店内を見てみろ」
今さら何を言うのかと、私は店内を見回した。こじんまりとした店内である。
「客は俺以外誰もいないぜ?」
その通りで、店内は私とお客様以外は誰もいない。知ってますとも。
けれど私もね、久しぶりに来たお客様よ、商売人として張り切って接客してしまうじゃない。気分的に。
「…はあ、もういい。コーヒー淹れるわ、少し待ってて」
「はいはい」
なんだかどうでもよくなってしまったと思いつつも、私は棚からコーヒー豆を取り出して、豆を挽く準備をする。
彼、アルフリードは先代の時からの常連客で、私の幼馴染みで兄のような存在だ。たまに寄り付かなくなっても、忘れた頃に顔を出してくれる。
今回も、暫く顔を見てないなと思っていたところだった。
「そういえばうちの店に来るの、久しぶりじゃない?」
少し見ないうちにヒゲなんて生やし始めちゃって、どうしちゃったの?自然とそう問い掛けていた。
彼はこれか?と呟く。
「新しい仕事始めたってのは言ったろ?」
「ああ、聞いたわよ」
彼が傭兵を辞めて商人になったのだと話してくれたのはずっと前、四ヶ月以上は経っているはず。
確か他国の人間と手を組んだとウイスキーを片手に喋っていた気がする。しかも酔っていたが、あまりにも上機嫌で喋るので、私もずっと話を聞いてしまったのだ。
水をいれたポットをコンロの上に乗せてぱちんと指を弾く、するとコンロに火がついた。
グラインダーをぐるぐると回して豆を挽く。豆を挽いているとコーヒーの香りがしてきて、思わず笑みがこぼれてくる。
「交渉事が多いだろ。落ち着いて見えた方が上手く進められる気がしてさ」
「ふーん、どうせ周りの影響でしょ。好みの女の子にカッコイイですねって言われたんじゃないの」
「……いや、ち、違うぞ。そんなわけないだろ!」
「へー。そうですか。失礼しました」
適当に言ったつもりだったけど、図星だったのね。ちょっと引くわ。
その間にコンロにかけた水が沸いたら、今度はドリップの準備。
上からゆっくりとお湯を注ぐ。ふふふ、いい香り。
「色々忙しいが何とかやってる」
「ふうん、そう」
「何だよ、久しぶりに顔を出したっていうのに冷たいな」
「そんなことないわ」
お湯を注ぐ手を止めて、それに心配する必要無さそうだからと呟くと、彼は不思議そうな声で訊ねてきた。
「なんだよそれは」
「吹っ切れたような顔をしているから」
「……ほっとけ」
間近で見てきたから分かること。仕事の合間に来てくれる彼は笑っていることが多い。ここでは詳しい仕事の話はしないし、持ち込まない。だが僅かな表情の差で何かあった事くらいは分かる、そのつもりだ。
「何か厄介事を背負いこんでた?」
「安心しろ、落ち着いたから」
「…そうね。でないとここに来ないものね」
「今のところは、な」
彼は、にんまりと悪戯めいた笑みを作った。それは暗にどういう意味なのかしら。
息を吐き出した私は、ソーサーに載せたカップを彼の前に出した。
「ブレンドコーヒー、お待たせしました」
音を立てないよう、そっとカウンターの上へ置く。それを手に取った彼は、そういえばと呟いた。
「ところでベル、正直この店って儲けあるのか」
「……ぼちぼち」
「あっそう…」
あんまり信用してなさそうな表情だった。
まあ失敬な、こっちも売れる時は売れるのだ。本当に年に何回か…だけれど。
うちは喫茶店だし、今がお昼過ぎの時間帯で店内が静かであってもしょうがないと思ってる。……なんて、いいわけになるかもしれないけれど。
「うちのお店を信用してないわね。これでも、地道に営業活動もしてるわ」
「本当かよ」
怪訝そうな視線を投げ掛けないでもらいたいわ、全くもう。
むくれていた私から視線を反らすと、アルはふと不思議そうな顔をしはじめた。
「……お、いい匂いがする」
「うん?……ああ、丁度いい時間ね」
私は慌ててキッチンへ向かう。オーブンから甘く香ばしい匂いが漂っている。うん、上手く出来たみたいだ。それをオーブンから取り出して大きな皿に乗せると、それを持って店内の方へ。
それは何?とアルから聞かれた私は、
「アップルパイよ。3時からのメニュー用に出すつもりだったのよ」
「……腹減ってきたな」
くすくすと笑いながら、焼きたてのアップルパイにナイフを当てて切り込みを入れると、ふわりと甘い匂いが辺りを包む。仄かに漂うシナモンの香りがアクセントになっている。どうやら成功したようだ。
「どうしようかしら」
切り分け、彼の前に差し出した。
今日に限ってアップルパイを焼いてるタイミングを見計らってやって来るんだから、変なところ勘がいいわね。
「お、いいのか?」
「…ちょうどいいわ。味の感想が欲しいし」
「俺は毒味役か」
此処は知る人ぞ知る憩いの場所。
温かい珈琲とアップルパイが出迎えてくれるお店です。
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