運命の矛先

「リンちゃ~ん……」

「どうした、柄にもなく浮かない表情だが」

「ちょっとね~」


 突如宮ちゃんから呼び出され、指定された場所に向かえば少々やつれた表情をしている。本当に柄にもないのだ。宮ちゃんと言えば、常に明朗快活なイメージが強い。

 紅茶でも飲んで落ち着けと、オレの方も柄になくこの場は出すことに。それだけ宮ちゃんの様子が異質だったのだ。普段のオレであれば、何がどう間違っても他人に何かを奢るなどということは考えられん。


「運命ってどう思いますか」

「運命? 現状に甘んじる言い訳に使いやすい言葉だな。これも運命だったんだ、などとな」

「なるほど。じゃあ、運命を信じてそれを掴み取ろうとする人のことは?」

「回りくどいぞ。本題があるなら率直に言え」


 すると宮ちゃんはしょぼくれた表情で話を切り出すのだ。

 宮ちゃんは同人趣味で出会ったコスプレイヤーと仲良くしているそうだが、その女は“運命”を信じ、他者からの影響や力を極力受けぬようある人物を探しているのだと言う。

 対象の具体的な情報でもあればまだ共感し得るが、人に喋ると運命でなくなる気がすると言うので聞けずじまい。共感するにも出来ず、運命って何だろうなあと考えていたところで事件が起きた。


「多分うち、その子が探してる“先輩”を見つけちゃったんですよ。もちろん本人かはわからないしその子もノーヒントで探したがってるから言わないけど」


 ――と、ここまで聞いたところでオレの知る事案にぶち当たる。ここまでの偶然は恐らくそうそうない。宮ちゃんの言っている事案と、オレの知る事案に出て来る人物は同一であろう。

 情報センターにも同じことを言っている女がいる。何かにつけ先輩先輩と、挙句オレの放つ罵言暴言にすら快感を見出す変態が。そして宮ちゃんはその話にも心当たりがあると。ならば、限りなくクロに近いだろう。


「宮ちゃんが言っているそのコスプレイヤーは綾瀬香菜子だろう。違うか」

「うわー、こわっ。世間って狭い!」

「そして例の“先輩”は朝霞のことを指しているのだろう? だとすれば、オレも同じ仮説を立てている。朝霞の部屋にあった舞台の台本、そのキャスト欄に綾瀬の名があった。朝霞が書いた物だそうだ」

「クロじゃん!」


 ただ、肝心の朝霞は高校以前の記憶があやふやでアテにならんし、綾瀬はあくまでノーヒントで“先輩”と再会する“運命”にこだわっている。宮ちゃんはどうしたらよいやらわからなくなったそうだ。


「何かもうねー。顔に出ちゃう方だし」

「簡単だ。宮ちゃんの得意技で切り抜ければよかろう」

「得意技?」

「綾瀬が運命の名の下に朝霞を追うその裏で、朝霞に運命と呼べる相手が現れていたとしよう。この条件から、宮ちゃんは何を導く」

「あっ、オイシイ。なるほど、そういうことね」

「そうやってニヤニヤしていればよかろう。趣味を知られているならば、多少変な顔をしていたところで怪しまれん」


 ふふっふー、うふふふふと宮ちゃんは気色の悪い笑みを浮かべ、妄想がフルスロットル状態に入ったらしい。そうそう、明朗快活の裏では多少怪しい笑みを浮かべているくらいがちょうどいい。


「ところでリンちゃん。いいえリン様」

「何だ」

「アヤちゃんから聞いているのですが、バイト先の先輩が組んでいるというジャズバンドについて詳しく。リンちゃんがアヤちゃんの言うピアノさんなんだよね! ベースさんとケンカップル的な! ツンツンな後輩!」

「黙らんか! 何故オレがあの人と組まれなければならん! はっ、そうだ。ちなみにあの人はドラムの先輩から異常なまでに愛されていてだな」

「詳しく!」


 綾瀬はこのスラッシャーに何を吹き込んでいるんだ。宮ちゃんのやることだ、既に本の一冊や二冊出ていても不思議ではないが……フィクションであってほしいと願うほかないな。これ以上何かが歪んで伝わると、さらに恐ろしい本にされる運命だ。

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