表面だけを掬えばいい

「なーんでテメーがいるんだ、萩裕貴」

「すみません萩さん、戸田には萩さんのことを伏せて伝えてました。こら戸田、言葉に気をつけろ」

「いや、気にするな朝霞」


 卒業式の後、いつものようにいつもの店で。今回は山口も純粋に飲み専で、店員としての仕事はしない(と言うか、大将がさせてくれなかったそうだ)。朝霞班と越谷さんという、流刑地の面々で。いつもと違うのは、そこに萩さんがいること。

 萩さんが個人的に俺たちと顔を合わせて話がしたいと言ってくれたらしい。ただ、戸田は重度の幹部アレルギーだし、萩さんは流刑地送りにされた代の幹部ということもあっていつも以上に刺々しい。


「大体こっしーさ、何でコイツの言いなりなってんの。脅されてんの?」

「戸田、物騒だぞ」

「アウトローの先輩には言われたくないですぅー」

「うっ」

「はっはっ、雄平、それを言われたら手も足も出ないな」

「コホン。確かに俺は幹部とは折り合いが悪かったけどな、裕貴とは普通に仲がいい。脅すとか脅されるとかじゃない」

「で。何の用なの?」

「強いて言えば飲みながら話したいという、それだけだ。だから構えないでくれ」

「戸田、裕貴はこんな奴だぞ。部活に関わらなきゃ抜けてる奴だ」

「戸田、萩さんのことを伏せてたのは悪かったけど、せっかくの場なんだ。いつも通りで頼む」


 戸田は唇を尖らせ、納得はしていないようだったけど理解はしたようだ。ここで殴りにかからない点で、戸田も落ち着いたなと思う。前班長の贔屓目だろうか。


「しょーがねーな、朝霞サンとこっしーに免じてやる。感謝しろよ」

「だから戸田、お前は口の利き方に」

「いつも通りでって言ったの朝霞サンっしょ?」

「はっはっ。朝霞、俺は本当に気にしてないぞ」

「ですけど」

「立場柄なのか、後輩たちが俺に接する態度はどこかかっちりしすぎていてな。もう少し普通にして欲しいと思っていた。朝霞、お前もだ。戸田みたいにガンガン来てくれるのは逆に嬉しいくらいだ」

「萩さんがそう言うなら」

「よーし、る~び~だる~び~!」


 ピッチャーが運ばれ、戸田から3・4年生に少々荒っぽいお酌が入る。あまりに勢いが良すぎるものだから、こぼれるのを止めるので精一杯。それを止めた俺たちは全員白い髭面になっていて、一瞬の間の後に笑いが生まれる。

 髭面のまま視線お願いしまーすと源が言えば、その瞬間切られるシャッター。つけたままだった髭を処理して画面を見やれば、改めておかしくなってくる。なかなかない光景だ。画像は後で送ってもらうことにした。


「って言うかアンタ見た目インテリだけど首席とかじゃないんだね」

「首席など毛頭。卒論も洋平にボコボコに批評されてだな」

「洋平ってたまにめっちゃ怖いよね」

「え~? 怖くないよ~」

「いや、怖いぞ」

「裕貴さんまで!」


 深い根っこのところで戸田の幹部アレルギーがどうこうなったということはないにしても、一応この場はそれらしく落ち着いているようで、よかった。


「朝霞ク~ン、裕貴さんとつばちゃんがいじめる~」

「いや、お前は怖いぞ。人を力尽くで上から押さえつけようとするし、人の考えを先読みして何でも出すところとか。手を繋いで歩くとかも大概だろ。あっ、あとおばなのホテルで目覚めたらお前のどアップだったときは別の恐怖を覚えたし、猫探しの後に銭湯で無理に背中流そうとするし――って、あれっ?」


 ドン引かれているような気がする。場の空気がひとつになっている。だけど、まあ、これも戸田と萩さんの意見が一致する方向になってよかったと思おう。俺の身はちょっと削れたけど。……ビールだビール。


「……つか何やってんの朝霞サン。ホテルでそれとか、もしかしてヤった?」

「え~、どっちかな~」

「ややこしくすんな山口! するかボケ!」

「雄平、お前と水鈴を見ているようだ」

「一緒にすんな。でも朝霞には同情する」

「なるほど、洋平のそれは水鈴リスペクトの可能性が――」


 萩さんの突拍子もない発言に、5人の声がそろった。


「ないない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る