お察しの地平

「お前らよー、先輩を敬うっつー気持ちはどうした。えー?」

「もちろん先輩を敬う気持ちは持っていますが、それ以前に村井サンが卒業できてしまうという現実に理解が追いついていないだけですよ」

「圭斗テメー! それが先輩に対する態度かー!」


 今日は向島大学卒業式。僕たち在校生もみんな集まって、卒業される先輩方をお見送りすることになっている。野坂も神崎が引きずってきてくれたし、集合時刻から20分以内に全員集合。MMP比では優秀な範囲だろう。

 卒業生が出てくるまでの間に僕と菜月さんは4年生方に手渡す花束を買いに出かけたり、寄せ書きの色紙を完成させたりと忙しくしていた。麻里さんには血塗られたような……もとい、情熱的な赤い薔薇を入れようなどと話し合ったり。

 4年生追いコンの時点でも聞いていたけど、改めて村井おじちゃんが卒業できるという現実に理解が追いついていない。村井サンは単位が限りなくギリギリだったはずだ。それでも何とかなるからこそ村井サンなのだろうけれども。


「確か新年会のときに卒論がゼロ文字とか言ってませんでしたっけ」

「コピペで頑張った」

「は?」

「小笠原はそーゆートコ緩いんだって。マーさんIF4年で飲んだときも大丈夫かよって言われてたし」

「最終的な評価なんかいーんだって、単位さえ取れりゃあ」

「意味が分かりません」

「そりゃあオールSのお前とは住む世界がちげーよ、野坂。菜月! お前ならわかってくれるよな!」


 言ってしまえば、菜月さんもサボり癖こそ酷いけれどレポートをコピペだけで賄ってしまうようなことはしない。菜月さんと村井サンのどっちがマシかと言えば、菜月さんの方がいくらかはマシだろう。どんぐりのナントカだけど。

 3年生になってようやく興味のある講義が増えて出席率も上がってきた菜月さんだ。ずーっとやりたい放題遊びほうけていた村井サンと比べられたくはないのだろう。当然、僕や野坂、そして麻里さんから見ればお察しの地平なのだけど。


「この色紙にしてもよー、俺がダブる前提で書いてるじゃねーかお前ら。特に神崎、何だお前これ「来年もゼミでよろしくお願いします」だあ!? 送り出そうという気が微塵とも感じられない!」

「いなくなるという感じがしないんですよね」

「大体お前ゼミで絡んだ事なんかねーだろ」

「そうですね、2年と4年では開講曜日が違いますし」


 俺は卒業するの、と声を大にして卒業証書を見せびらかす村井サンだ。僕たちはそれをいくら積んだんだとか、偽造じゃないのかなどと茶化すだけの簡単なお仕事。特に2年生がイキイキしているように見える。


「そうそう、俺には無縁の世界なんだけどさー、学部の首席の奴がすげー記念品みたいなのもらっててさ、あれの中身が気になるんだよなー」

「無縁なのがわかっているならいいじゃないですか」

「圭斗テメー!」

「いえ、僕も無縁ですよ。首席を狙うなら野坂がワンチャンあるくらいですね」

「ナ、ナンダッテー!?」

「いや、俺みたいな底辺からすればお前の成績がナンダッテーだからな!?」

「そんな俺なんて首席を狙える位置にあるはずが」

「ん、馬鹿なのかな?」

「圭斗先輩に罵られるなら本望です!」

「あ、馬鹿だ」

「村井サンにそう言われる覚えはありませんね」

「野坂テメー! 圭斗と俺の扱いに差がありすぎるだろーが!」


 何はともあれ、先輩方は卒業されるらしい。僕たちもいよいよ4年生になって、近々3年生追いコンで追い出される立場だ。時間は着実に進んでいるんだね。ところで、菜月さんが奈々に来年の卒業式では圭斗に白い薔薇を、と耳打ちしていたのは見なかったことにすればいいのかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る