もろにもろもろ

「うっうっうっうっ……また負けたー!」

「……ベティさん、モスコミュール……」

「福井ちゃん、あずさのことはいいのよ」


 今日も今日とてベティさんのお店で軽く一杯。あずさはまたぐすぐすと泣いていて、きっとロイの関係で何かあったんだと思う。負けたってことは、いいことではなかったと考えるのが自然。


「バレンタインなんて滅びろ!」

「物騒よ」

「美奈ちゃん! バレンタインの戦果は!」

「私は……市販のチョコレートを渡して……それから、彼に頼まれてスコーンを作ったくらいで……」

「う、う、うわーん! 裏切り者ー! 美奈ちゃんなんて辛口だと思ったら甘いお酒でうーってなっちゃえー!」

「ご、ごめん……」

「福井ちゃん、こうなったあずさの相手は適当でいいのよ」


 ベティさんに窘められてもあずさは愚痴をやめない。きっとそれだけ鬱憤がたまっているのだろう。バレンタインは勝負に出ると宣言していたけど、この調子だときっと不発に終わったのかもしれない。

 私はリンと会っていたしスコーンを作ったけれど、それもゼミ室という日常の空間で。どちらかと言えば、男性が女性に花を贈るフラワーバレンタインが普及する方が嬉しい。私はチョコレートを作っても味見が出来ないし。


「で、何がどうして福井ちゃんに悪絡みしてるのよ」

「バレンタイン、誘ったの! そしたら何て返ってきたか!」

「何て?」

「先に用事あるからってー! それも、美味しいクリームブリュレを食べに行くとかっていう、女子か! 女子か! 可愛いんだ!」

「……それは、1人で…?」

「ううん、イブのときと同じ男の子の友達とだって」

「それは……」

「ハルちゃん! リアルガチ恋敵! 一度だけならず二度までも! うわーん!」

「はいはい」


 どうやら、あずさが各種イベントを理由にロイを誘おうとすると、ことごとく先約が入っているというのだ。ロイを先に誘ってあずさの恋路を阻止している(?)のは、あずさの話からすればアニ。確かに彼はロイの相棒だし、あると言えばある。

 そしてあずさは何が辛いかと言えば、ロイがご丁寧にも行った場所のお土産を持ってフォローを入れてくれることだと。勝負に至るための誘いを断られたという事実が重くのしかかるんだそう。たまにかけてもらえるロイの優しさが辛いそうで。


「その友達の子がリアルガチ恋敵だったらキツいわね。あずさアンタ結構不利よ。映研の脚本家としてしか見られてないのは確実だし」

「ハルちゃんまでー!」

「脚本家の立場を生かせばいいじゃない。台本書くから付き合ってーって言えば嫌でも拘束されるんだし」

「それは諸刃の剣なの!」

「あら、諸刃の剣ついでに諸肌を脱ぎなさいよ」

「そ、それはどっちの意味で…?」

「どっちでもいいのよ」

「だって本当に脱いだところで何も起こらないのは確実ですし! 疑似騎乗位でも何にも起こらなかったんだよ!」

「しょうがないじゃない、だってカオルちゃんだもの」


 当たって砕けるどころか、当たらせてすらもらえないことがあずさをここまでやけくそにしているのだろうか。ただ、こういう勢いは私にはない物だから、実際にするしないはともかく、勉強にはなる。私もたまには強気で行かなくては。日常に安心していては、いつ何がどうなるかわからない。


「……ベティさん、あずさにお水を……」

「そうね。ついでに迎えも召集する頃合いかしら」

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