消失点からの道のり

「萩さん、よかったらこれ、食べてみてくれませんか」


 ここのところ、新作のお菓子開発に余念がありません。バレンタインも近いし、ABCでやる友チョコ交換でも期待されてるから。1年生はわかりやすくさとかーさんさとかーさんって。もう、そんなにお母さんっぽいかなあ。

 今年は、カステラ生地でカスタードクリームを包んで蒸したお菓子を作ることに。本当は、宏樹さんに食べてもらえたらなって思って練習してたんだけど。所在がわからない以上、腕を磨き続けるのみ。


「おお、これは」

「えっと、甘い物はお嫌いですか…?」

「いえ、この手の菓子は大好物で。それでは、いただきます」


 手のひらサイズのそれを割って、萩さんは丹念に中のクリームを観察している。生地やクリームの匂いも確かめて、まるで商品を選別する人みたい。なんだろうこの独特の緊張感。検査か品評会みたい。


「む。これは、糸魚川さんが一から?」

「はい」

「クリームも、カステラも」

「はい」

「この手の菓子を見つける度に買って食べ続けてきましたが、これは素晴らしい。クリームもなめらかかつ濃厚で、生地との相性もよく甘すぎず、卵の味が生きていて。しっとり感や鼻から抜ける香りも最高です」

「あっ、ありがとうございますっ!」


 なんだろう、萩さんから誉められると変な自信に満ちてくる。きっと萩さんの風貌が上司風だからかもしれないけど、どっちにしても誉められることは嬉しい。それに、こういうお菓子を食べ続けてきた、“違いのわかる人”に認められるのは。

 萩さんはたまに地下の銘品街でお菓子を買って食べ比べているそうだ。意外な趣味と言うか、やっぱり見た目が見た目だから、やってることが検査とか品質管理に見えてきちゃって。いけないいけない。

 地下にあるこの手のカステラ系お菓子も買って食べたけど、それよりも品質がいいと言われたのは純粋に嬉しかった。きっと作ったばかりだっていうのもあったかもしれないけど、それでも。


「相当練習したのでは?」

「はい。……大切な人に、食べてもらいたくて」

「道理で、丁寧に作られていると思いました」

「このお菓子にしたのは、消化器系の病気をして食べる物が限られている人でも食べられそうだったからです。甘すぎない味にしたのは、この時期はチョコレートのもらいすぎで甘い物が食傷気味になってる友達のためで」

「糸魚川さんはやっぱり優しいですね。……すみません、先日の電話を聞いてしまいました」

「すみません、あんなところでお見苦しいところを…!」


 先日の電話。宏樹さんに連絡を入れ続けていたけど反応がなくて、最後だと思ってダメ元で電話をしてみたら繋がったときの。今から思えば、職場の敷地内で告白めいたことを言ったりして、周りが見えてなかったなあと。


「あの、どれくらい聞こえてました?」

「ほぼ全部です」

「きゃーっ! 本当にすみません!」

「いえ、お気になさらず。差し出がましいですが、少しいいですか」

「はい」

「糸魚川さんは優しいですし、包み込むような雰囲気があるので甘えたくなると思います。ですが、男としては好きな女性に甘えっぱなしでいられないという彼の気持ちはわかります。黙って姿を消すのは少々やりすぎですが、嫌いとか重いとかではなく、これは彼の覚悟だったのではないかと」

「覚悟」

「それと、オカルトに必要な物は情念です。これは俺の個人的な意見ですが」

「情念」

「強い気持ちですね。大丈夫です。会いたいと強く思っていれば、きっと引き合います」

「ありがとうございます。あの、お菓子はいっぱいあるのでもっとどうぞ」


 萩さんの手にどさどさとお菓子を乗せて、半ば無理矢理持って行ってもらう。練習だからって作りすぎちゃって。家にもまだ山のようにある。うたちゃんがつまんでくれてたらいいんだけど。


「日持ちしないのですぐ食べてくださいね。それと、お菓子ばかりじゃなくてご飯も食べてください。萩さんは背の割に線が細いので少し心配になります」

「これでも体重を増やそうと努力しています。遺伝的な物なのか、体質的なものなのか、太れなくて」

「はわわっ、そうとは知らず失礼なことをっ!」

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