誰の心に鬼がいる
「今年の恵方は北北西~、やや右!」
慧梨夏ちゃんの歌声が聞こえると、節分だなあという気になる。借りている小学校の体育館にはブルーシートを敷き、豆が外にこぼれないように堤防もしっかり築いてある。小学生との交流豆まきが終わってからがGREENsの本番。
今一度慧梨夏ちゃんがブルーシートの隅をぐるぐる見回って、堤防が壊れそうな場所はないかを確認している。確かに借りている体育館だから豆をこぼしちゃいけないのはわかるけど、何を企んでいるのやら。
「よっこいせ、っと」
「よーし、まくぞ~! 鬼はどこだー!」
「さっちゃんちょい待ち」
「えー!? 豆まきー!」
慧梨夏ちゃんが用意した豆の量と言ったら。ちょっとしたビニール袋いっぱいにこれでもかと豆がぎっしりと。去年よりも確実にパワーアップしてる。サッチーも豆をまくんだ鬼はどこだと気合十分。これは荒れる。
毎年鬼はそれこそ慧梨夏ちゃんの気分で決まることが多い。去年は尚ちゃんが鬼に指名されて、しっかりと鬼っぽい格好までしてくれた。ただ、それが可愛すぎて豆をまくにまけず尚ちゃんはステージの上で正座してたってね。今なら尚ちゃんがあざとかわいいってわかるし豆をぶつけて楽しむ他にないんだけど。
「鵠っちなんかいかにも鬼だよね。鵠っち鬼やる?」
「つか、絶対加減しないじゃん? 小学生相手にやってすでに結構しんどいと言うか」
「子供は加減しないからねー。あっ、それじゃあ今年も尚ちゃんやる? 去年は置物だったけど今年はちゃんと鬼として」
「それはそれでイヤっす!」
「もー、誰が鬼やるのー!」
ダンダダンとサッチーが地団太を踏む。鬼はまだ決まらないのかと、鬼の形相で。いっそサッチーが鬼でもいいような気がしてきたけど、さてどうしたものか。
「おい慧梨夏、まだ始まらないのか。いつも時間押すんだからさっさと始めろ」
「わかってますぅー! ったくサトシはいいよね、しゃがんで待ってるだけだもん」
「ブルーシートを敷いただろ」
「それだけでしょーが!」
「じゃあ、三浦が鬼を指名して豆まき始めますよ! そーれっ!」
「……っ!?」
しびれを切らしたサトシの頭上に無数の豆が降り注いでいた。ブルーシートからはざざーっと波の音。サトシはしゃがんでいたから、サッチーがひっくり返した豆をもろに食らう。つまりこれは、今年の鬼はサトシに決まったということ。
「今年の鬼はサトシさんっすよ!」
「よーしやれやれー!」
「こんな機会今後絶対ないじゃん!?」
「ナイス三浦!」
「ちょっ、待てお前ら頭はやめろ」
「サトシさん前髪で目隠れてるからセーフっす!」
「左目は隠れてない!」
そして無言で慧梨夏ちゃんから鬼のお面がサトシにパスされるのだ。何を隠そう、鬼の面はそれっぽい雰囲気を出すためとかそんな生ぬるい用途じゃない。何を隠そうこれは防具。ケガをしないための装備品。
サッチーがひっくり返した豆を拾ってはサトシに投げつけ、拾っては投げつけ。鬼は外も福は内も関係なくただただサトシにGREENsの洗礼を。いつも一歩外で見てるのが基本だからね。今年くらいは中心に来たっていい。ナイスサッチー。
「って言うか慧梨夏ちゃんこれだけの豆どうしたの? それと、これが終わったらどうするの?」
「豆は気合でかき集めました。あと、終わったらみんなで美味しくいただいて、それでも余ったらカズが美味しく料理してくれることになってます。何か、豆菓子も作れるし豆を粉にしたら食パンとかクッキーも焼けるしーって」
「さすがすぎるでしょ我が弟ながら」
「ですよね、我が旦那(仮)ながら」
ブルーシートの上ではサトシが容赦のない1・2年生の猛攻から逃げ惑っている。って言うか1・2年生の子たちは本当に加減を知らないなあ。よくもまああのサトシにここまで出来たモンだわ。サッチーすごい。
「さ。うちも日頃の恨みを晴らして来ようかな」
「慧梨夏ちゃん、鬼に食われないようにね」
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