三日坊主の雑巾がけ

 どたどたと、廊下を走るような音で目覚める。今日も冷えヤすねェ。これならマイナス4~5度ってトコすかね。枕元の目覚まし時計に目をやると、時刻は朝の6時過ぎ。こんな時間からどたどた走るような用事はそうそうないはずなんすケド。

 冷えた床がすっかり目を覚まさせる。何がどたどた言ってるんだと部屋から出てみれば、そこには古き良き田舎の原風景……や、田舎の原風景でもなかったスわ。昔の学校スかね、雑巾がけなんて。


「りっちゃんおはよう」

「……はよーごぜーやす。つか、朝ッぱらから何やってンすか」

「掃除だよ」

「や、それは見りャわかるンすけど、どうして掃除?」

「お母さんが朝ごはん作ってたから、何か手伝うことはないかって聞いたら何もないって言ってたんだ。でも、しばらくお世話になるから掃除をさせてほしいって言ったら雑巾の場所を教えてくれたんだ!」

「へェー……そーなんスかァー……」


 この、何故かうちに居ついている烏丸サンという星大の3年生。冴と同じ星大の情報センターでバイトをしていて、まーァよくわかんねー人なンすわ。冴が一言で言うことによれば、天才は奇人、とのこと。

 何がどうしてそうなったのか、冴が烏丸サンのマンションの部屋に引きこもって出てこようとしなかったンすけど、冴を連れて帰らないと自分が長姉の怜サマに殺されるンで烏丸サンごと冴を強制帰還させたらこうスわ。

 烏丸サンも星港市内で一人暮らしをしている。ただ、正月に実家に帰るつもりもなかったんでってこんなことに。あんまり人様の家庭環境に首を突っ込むのもどーなんスかって気もするんすけど、この人案外オープンなンすわ。

 烏丸サン自体悪い人ではないンすけど、どこかつかみどころがないと言うか。冴から聞いた烏丸サンの取説によれば、自分らが当たり前に思ってることが烏丸サンには当たり前ではなく、知識に偏りがあるとのこと。


「だって、居候って家の手伝いをするんでしょ?」

「絶対じゃないスよ。例えば、置いてもらうのに宿賃とかそういうのが出せなければ、体で払うっつー意味で手伝うとか。ま、他には純粋な善意じゃないスか」

「へー。あと、お手伝いをするのはその群れの一員だと認めてもらいたい場合とか?」

「あー、それもあるかもしれないスね。それか、見習い期間とか」


 そんなことを話していても、烏丸サンは雑巾がけをやめようとはしない。ただ、雑巾がけの経験が乏しいのか、足元がおぼつかない。聞けば、雑巾がけの経験がないのだと。


「高校じゃ掃除なんてほうきかモップだったからね」

「小中は」

「小中はほとんど行ってないから」

「あー、そーなんスか」

「ほら、俺って母親から外に出してもらえなかったでしょ? りっちゃんの家って見る物全部が新鮮で楽しいよ。今まで俺が住んだことのある場所って、こんなにあったかみのある木の家じゃなかったし」


 そう言って、烏丸サンは木の柱を磨き始めた。なるほどネ。冴の言っていた取説の意味がちょーっとだけわかったかもしんないスわ。つか「母親から外に出してもらえなかったでしょ」なんてサラッと言うことでもないンすけどねェー。

 裸足で歩くには少々厳しい木の床も、烏丸サンからすれば「あったかみのある木の家」の一部で、新鮮に映るものなのかと。あー、ある意味社会学的なアレコレがデキそーすね。ただ、そんなことを考える時間でもないンすわ。


「ジャ、掃除頑張ってくだせー」

「えっ、りっちゃんどこ行くの?」

「二度寝す」

「朝ごはんは? 食べないの?」

「出来る頃にまた起きるンす」

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