逃げ得は許されない

「ほら、そこ2段目から裾はみ出てるっていう! あーほらそこにも靴下! 拾え!」

「はーい」

「ったく、これが実家に帰ろうっつー奴の部屋か!」


 楽しい楽しいメリークリスマス、と思ったのも最初だけだった。さあ飲むぞとグラスの準備をしていたら、エイジから帰省の予定を尋ねられる。明後日かその次に帰ろうかなあと思っているよと答えると、唐突に掃除が始まったのだ。


「この状態の部屋をほったらかして帰るつもりだったのかっていう! ありえんべ!」

「軽く片してから帰るつもりだったよ」

「お前の軽くは一般的な軽くの域にも入らないっていう。お前は自分がどんだけ片付けが出来ないか自覚して反省するところから始めろ」

「そこまでしなきゃダメ?」

「つべこべ言うな! ったく、例によって空き缶溜め込みやがって」


 エイジはちょっと神経質の気がある。見る人が見れば潔癖症とも言えるかもしれない。水回りの掃除をし始めたら1時間は軽く超えるし、掃除をし終わった後に蛇口から水を出そうとすると叱られたこともあった。

 今だって、引き出しに入れた服の裾がはみ出てると叱られ、昨日の夜脱いで今日洗濯するつもりで置いてあった靴下にも目を付けられる。今まで溜め込んでいた洗濯物は今日一気に片付けるんだと鼻息が荒い。


「ねえ、ご飯にしない?」

「酒入れたら片付けが捗るのか」

「だって台所とか今せっかく掃除してるのに、その後で飲んだら汚れるでしょ?」

「どーせ俺がやるんだから別にいいんだっていう。それよか掃除の方が優先だ。」


 エイジが言うには本当はもっと大規模な掃除にしたかったそうだけど、思い立ったのが今だったし道具なんかも揃っていないからそれは諦めて普通の掃除で我慢することにしたらしい。

 って言うか、ここは俺の部屋であって、多少洗濯物が溜まっていようが水回りが完璧じゃなかろうが俺が暮らす分には何ら支障がない。それを気にするのはいつだってエイジだ。言われなければ俺は自分で掃除をしたかどうか。

 一応俺の名誉のために言っておくと、掃除自体をまったくやらないわけじゃないし。ただ、エイジから言わせるとその頻度が低すぎるのと、その程度がぬるすぎるらしい。ある程度やってあればいいと思うけどなあ。


「実家で正月過ごして帰ってきたときに部屋がアレだったら絶望しかねーべ?」

「そうかなあ。汚いってわかってるから大丈夫だよ」

「はあああ!? わかっちゃいたけどお前相当鈍いな! ホントムリだべ……どうやったらこんな汚いところで暮らす気になるんだっていう……」

「そうは言うけど、エイジだってそんな汚いところに入り浸ってるじゃない」

「お前、俺がやってなかったら絶対もっとひどいことになってんだろ」

「まあ、それは否定しないね」

「ったく。空き缶捨てて来い」


 楽しい楽しいメリークリスマスのはずだったんだけどなあ。ケーキをしまうのに冷蔵庫を見られたのがこの思い付きの原因だったに違いないなあ。卵と牛乳の賞味期限がアレだったし。

 コンロの脇と傘立てバケツの中にたまった空き缶をまとめて袋に突っ込んで、靴を履く。空き缶捨て場はマンションの駐車場にある。近いんだから溜まる前に捨てに行けとはよく言われる。

 あーあ、このまま空き缶捨ててエスケープしたいなあ。でも、ゴミ捨て場は駐車場だし、すぐに戻らなかったら逃走を疑われるに決まってる。そもそも、家出をしたところでどうなるっていう話でもある。


「空き缶捨ててきたら1回休憩にすんべ。すぐコーヒー飲めるようにお湯沸かしとくし早く行って来い」

「はーい」


 しょうがない、行ってこよう。どっちにしても空き缶は早く捨てないと今日だって結構出るだろうし、ためておく場所がなくなるところだったからね。

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