目指す心の着地点

 いつものようにいつもの店の、いつもの席で飯を食っていると、変わった奴から電話がかかってきた。ちょうど口の中のものを飲み込むところだったし、急いで飲み込み水を飲む。


「はいもしもし」

『あー、朝霞か。お前今大丈夫か』

「高崎。突然どうした。外で飯食ってるけど、まあ大丈夫だ」


 高崎とはこないだ戸田伝いに酒を飲む機会があったけど、普段はそこまで絡む機会がある方ではない。やっぱ絡む機会が多いのは定例会の連中だ。通話が始まると、店員さんがこちらに興味を持ち始める。


『お前、年末飯野と会う予定ってあるか』

「何かまた一緒に帰ろうみたいなことになってるけど、シンがどうかしたか?」

『地元でイベントとか祭とか、何なら初詣とかでもいい。人の多いところに出かける予定は』

「それはそのときになってみないとわからないけど、どうした」


 高崎の事情は逼迫しているようだった。

 話を掻い摘むと、高崎とシンは同じゼミの問題児同士。高崎は出席が足りなくなりそうで、シンはレポートがゴミクズ。高崎はシンのレポートを教授が指導出来る域に持って行くことを条件に自らの出席をどうにかしてもらうという交渉をしたそうだ。

 シンの研究領域というのがイベントや祭に関することだから、年末だしそういう場所に出かけるならICレコーダーでもカメラでも何でも持たせて資料集めをさせて欲しいとのことだった。さすがに山羽まで監視は出来ないからと。


「なるほど。お前も大変だな。そういうことなら、俺も論文の資料集めたかったし誘ってみる」

『サンキュ。礼は今度する』

「じゃあ、高崎の話を俺の論文の資料にさせてくれ。いろんな人の話を聞かなきゃ始まらないんだ」

『それくらいなら』

「ところで、高崎はどういうテーマで論文書いてるんだ?」

『俺か? 俺は「コミュニティラジオと双方向コミュニケーションについて」っていうテーマだ』

「へえ、面白そうだな」

『おい、つかお前外で飯食ってんだろ。そういう話はまた今度するし、切るぞ』

「ああ、わかった。シンのことなら任せてくれ」

『頼んだぞ』


 そうだ、俺は飯を食ってる最中だった、話し始めると止まらなくなるのはいいやら悪いやら。すっかり冷めてしまった串に思う。電話を切ると、店員さんが俺に話しかけてきた。何だったの~、と。


「高崎クンから電話なんて珍しいね~」

「何か、シンのレポートの資料集めに付き合ってやってくれみたいなことだった。シンにレポートを書かせたら高崎の出席に換算されるとかで」

「緑ヶ丘って変わってるね~」

「緑ヶ丘がって言うより担当教授が変わってるんじゃないか」

「そっか、そうだよね。でも、3年生も論文が~っていう季節だもん、4年生なんてもっと大変だろうね」

「そうだろうな」

「ほら、俺さ、たまに裕貴さんの論文を読ませてもらってるんだけど、ホント大変そうだもん」

「そういや越谷さんてどうしてんだろうな」

「雄平さんは理系だし、卒研はもっとしんどいんじゃないかな。水鈴さんは卒論書かないみたいなこと言ってたけどね~」


 就職も決まってないのに卒論がどうこうという話をするのが何とも言えずしんどい。いや、論文を書くこと自体はすごく楽しいし燃えている。だけど、この心の着地点はどの時点なんだと。

 卒論は長期戦だ。文献だけじゃなく必要ならばフィールドワークや実験も必要だ。今までやってきたのは短期戦ばかりで、年を股に掛ける長期戦の経験は少ない。物を書く上でのペース配分が難しそうだなと思う。


「山口、生中」

「は~い、少々お待ちくださ~い」

「とりあえず、イベントの有無を調べてみるか」

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