二人の接点

 とうとう終わりを迎えてしまった。今年度のMMP昼放送の収録はこれで終了。MMPの活動も残すところは来週のみ。

 番組が終わってMDデッキの停止ボタンを押したとき、お疲れさまでしたとありがとうございましたの意味合いが込められた握手を交わした。右手にはまだ菜月先輩の手の温もりがある。なのに余韻に浸る間もなく片付けが始まる。

 一仕事を終えた菜月先輩は、思うところがあるのかアナウンサー席から動こうとはしなかった。本来ならマイクスタンドを片付けるべきところだけど、とりあえずスタンドはそのままにその他の片付けをする。


「ノサカ」

「はい」

「これから、うちは土曜日をどう過ごそうか考えてたんだ」

「ああ……そうですね」


 思えば、菜月先輩との番組収録は特別な事情がない限り基本土曜日の午後2時から始める体だった。それが、初めてペアを組んだ1年と半年前からずっと。

 俺にとって土曜日は無条件で菜月先輩に会える、それもたった2人でいられる素晴らしい日という認識だったのだけど、その当たり前がとうとう本当になくなってしまったのだ。


「確かに、お前を待ってる数時間はムダになってたかもしれないけど、かと言って、他に生産的なことが出来る気もしないから困ってる。収録がなくなったところでソリティアをやってるくらいしかイメージ出来ないし」

「今でしたらツムツムなどもありますが、ゲームには違いありませんね」

「苦痛だった。本当に苦痛だったんだけど、お前を待たずにどう過ごすのか、それも全くイメージが出来ない。きっとうちはこれからも土曜日の何時間かをムダにし続けるんだろうなと」


 今までだったらお前が来るっていうゴールがあった。だけど、これからはそれがない。

 そう菜月先輩はこれから来る予定のない土曜日の過ごし方を憂いでいた。それは俺も同様ではあるのだけど、俺はまだサークルも現役だしバイトだってもしかしたら始めるかもしれない。どうにだってなる、かもしれないのだ。


「あの、菜月先輩」

「ん?」

「夏休みや年明けのサークルがないというのはこれまでと変わりませんし、まずは来週の予定を埋めませんか? 4月になってからのことはまたの機会に考えていただくということで。ご実家にはまだ戻られていませんよね」

「ああ。土曜日はまだこっちにいる。ノサカ、言ったからにはお前が付き合うんだろ?」

「菜月先輩がよろしいのであればもちろんお付き合いさせていただきます」


 ――と、何も考えずにここまで言って気付く。来週の土曜日って、クリスマスイブじゃないか! どこへ行こうにもカポー様だらけでどうしようもなくなる恨めしき日!

 幸い、今日は遅刻も菜月先輩に言わせれば「可愛らしいレベル(30分)」だったので、今も時間には多少の余裕がある。となると、これから始まるのは来週の予定を考えること。


「とは言え、土曜日ですからどこも人でいっぱいでしょうし。菜月先輩はあまり人込みがお好きではないですよね」

「最終的にゆっくり出来ればいい。昼ならいつだって人だらけだろ」

「それもそうですね」

「あ、そう言えば、雑貨とか見てみたいんだ」

「雑貨ですか?」

「うちの部屋、ちょっと殺風景すぎるし。今から物を増やすのもどうかと思うけど、何か飾りが欲しいなと思って」

「では調べましょう」


 4月が来れば菜月先輩と過ごした土曜日の膨大な時間を思い出してしまうかもしれないけれど、その時はその時だ。ひとまず来週の予定は埋めて。雑貨屋巡りを主体に、ぷらぷらするような感じで。


「それで、ついでにイルミネーションなんかを見てご飯食べつつ軽く飲めばいいんじゃないかと」

「あの、以前から薄々思っていたのですが……菜月先輩って、何気に結構な酒好きでいらっしゃいますよね」

「何か問題があるのか」

「いえ。俺でよければ付き合わせていただきますが」

「ならいいじゃないか」


 問題は飲んだ後なんだよなあ。記憶が残るタイプではあるらしいけど、毎度毎度その時のことに言及しないから。果たして、俺は生きて12月25日を迎えられるか。

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