血の涙と誓約書
今日も慧梨夏は趣味の作業に忙しくしている。慧梨夏が趣味に忙しくして俺を放置するのは別に今に始まったことじゃない。むしろそれがデフォルトだ。年末には冬のコミフェも迫っている。当然だろう。
ただ、俺たちが大切にしていることがある。それは、互いの誕生日や記念日、それとイベントにかこつけたデートだ。聞こえ方は悪いかもしれないけど、そうでもしないとどっちかの部屋に2人でいることで満足してしまうからだ。
だから、そういったイベントごとでは外に出るのが基本ルール。あと、ルールで言えば互いの趣味に干渉しないってヤツか。だけど、今回はそのルールを破らせてもらうことにする。これじゃあんまりだ。
「慧梨夏」
「なーにー」
「もうすぐクリスマスだな」
「そうだねー」
「……一旦手を止めていただけませんか」
「ンもう、なに! せっかく乗ってたのに!」
「はい、そこに正座」
大体、ここは俺の部屋であって、慧梨夏が当たり前のように使っているパソコンも俺の物だ。まあ、俺も慧梨夏のパソコンを借りることがあるからこの辺は別にどっちでもいい。
机を挟んで慧梨夏と正座で向き合う。そして突き出したのは白いコピー用紙と朱肉。これから始まるのは、解釈のしようによっては趣味への干渉以外の何物でもない。ただ、あくまで俺の中では“お願い”だ。
「23日と24日、2日だけでいい。趣味のことは一旦措いといてもらえないか。厳密に言えばイブのデートが終わるまで」
「さすがに、デートの時にまで趣味のことはしないよ」
「信じていいんだな」
「信じて。お外のデートの時はカズが最優先だから」
「じゃあ、この紙にこう書いて改めて誓ってくれ」
誓約書。私、宮林慧梨夏は12月23日~24日のデート終了時から25日の日の出時刻を迎えるまで一切の趣味活動をしないことをここに誓約いたします。
「ここに今日の日付と署名。あと拇印な」
「そこまでやる?」
「そこまでしないとお前はやるからな」
拇印が押された直筆の誓約書ってのも何だかなあ。我ながら酷いことを思うけど、こうでもしないと慧梨夏はいつまで経ってもモードに入ってくれないんだ。デート前日からそのように過ごしたいというささやかな願いですよ。
「あの、ところで質問。年賀状は趣味活動に入りますか」
「拳悟とかリンちゃんとか、普通の友達に送るものはセーフ。アヤさんとか片桐さんとか、オンの友達に送るものはアウト」
「じゃあアウトかー」
「やっぱりやる気だったんじゃねーか」
すると慧梨夏は何かを思いついたのか、白い紙を俺に突きつけて来るのだ。このパターンはもしかして。
「カズも誓約書書いて。コミフェから帰ってきてから正月三箇日は戦利品の消化に忙しいんだからうちに構わないで」
「まあ、俺も各種サッカー見るだろうから言われなくても放置するつもりだったけど」
「いーから! うちばっか誓約書書かされっぱなしで悔しーの! あと服脱いで」
「何で脱ぐ必要があんだよ」
「いーから脱いで! 普通に拇印とっても面白くないから乳首で取る」
「ボイン違いじゃねーかっつーかそれ俺が振るならともかくお前が振るべきネタじゃねーだろ」
「2人きりだから問題ない!」
「そもそも俺の貧相な胸板でそんなことして誰が得すんだ」
「うちのうちによるうちのための!」
ぎゃーぎゃーと拒否ってみたものの、お嫁様つえーわ。「洗濯するんだから早くその泥だらけの服脱ぎなさい!」ってやってるオカンじゃねーかまるで。慧梨夏も将来的に洗濯は出来るようになってほしい。
以下の展開はお察し。押すものを無理やり押させられ、何だか大切なものを失った気分だ。誓約書なんか取らなくたって、頼まれなくたって俺は正月のお前に初詣以外で声をかけるつもりなんかなかったんだ。
「……慧梨夏、お前も脱ごうか」
「えっヤダよ作業の途中なんですけど!」
「俺の朱肉がベッタベタのうちに、お前の魚拓も取ってやらないことには気が済まない」
「魚拓はともかく、イブの夜は真面目にやってくださいね」
「天に誓って」
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