淡い青春と先輩
「はい、お土産でーす」
ばさーっと机の上に広げられたのは、烏丸さんが買って来てくれたお土産の数々。話によると、いつも野菜をくれている友達が一度実家に帰るというのでついて行ってみたそうだ。
烏丸さんは西京出身だけど、地元のお土産とか、有名なものはあんまり知らなかったからお土産を選ぶのが楽しかったんだーとうきうきしながら話している。
「春山さん確か漬物が好きって言ってましたよねー。春山さんは漬物でー、ミドリはがま口。小物とか好きって言ってたでしょ?」
「クーッ、ダイチお前最高だな」
「わーっ、かわいいですねー。何気にこれいい生地ですよね!」
「冴ちゃんは読書が好きだからしおりで、カナコちゃんには練り香水。金木犀の香りだよ。いい匂いでしょ」
「あざーす」
「ありがとうございます」
「それでね、ユースケには」
林原さんにと用意されたお土産ラインナップの紹介にはかなり時間がかかっている。それだけ量も質も段違い。林原さんも少し引いているみたいだし、何て言うか愛の重さってヤツなんですかねー。
カナコさんはさっそくもらった練り香水の封を切って香りを確かめている。ふわっと漂ういい匂い。人工的に作られたような感じじゃなくて、本当の花の匂いみたいだ。
「はあっ……淡い青春の香りがする」
「カナコさんどーしたんですか?」
「高校に金木犀の植木がしてあってね、花が咲いてた頃に木の下で先輩と……きゃーっ」
「青姦でもしたってか」
「違いますよ春山さんチューですチュー! こう、先輩が私の頬に手を添えた次の瞬間」
「はいはいお前ら業務のあるヤツは業務、そうじゃないヤツはお土産しまえー。ダイチ、ありがとさん」
「春山さん聞くなら聞いてくださいよー!」
パンパンと春山さんが手を叩いて、ひとまずここは終了。お土産の説明会からやっと解放された林原さんも、大きく息を吐いて自習室へと消えていった。
そしてA番の俺と舞台が終わってA番研修に復帰したカナコさん、それと事務仕事が残っている春山さんだけが事務所には残っている。金木犀の香りはほのかに漂ったまま。
「カナコさんが探してる先輩って、どんな人だったんですか」
「何て言うか、気高い人だったな。書いた物に妥協はしないし、させないし。ほら、先輩演劇かじってたワケじゃないから舞台の演出とかに口を出すことに部で反発もあって。だけど、そういう人たちともちゃんと話して認めてもらってたな」
「すごいですね」
「やっぱり、一番衝撃だったのはダメ出しの嵐かな。お前どう台本を読んだらそうなるんだって言われたときはビックリして。私、何を演じても褒められたことしかなかったから、ガーンって、雷に打たれたような衝撃だった。それから先輩は私に対してこの役はどういう女性で、どういう背景があるからこのセリフにはどういう意味があってっていうことを教えてくれて……「その人になる」っていうことを教えてくれた人でもあるかな。とにかく、先輩がいなかったら今の私がないことだけは確か。いつ先輩が舞台を見に来てもいいように、しっかりしないとね」
そう語るカナコさんの目には、遠い日の思い出と次の舞台のことが映りこんでいる風に見えた。今は恋ではないと言うけれど、恋だった頃の淡い記憶を呼び起こす金木犀の香り。カナコさんにとっては宝箱のような物なのかもしれない。
「先輩は今も何か書いてるはずだから、どこかできっと会えるはず」
「星ナントカ大学、ですよね」
「うん、いくつか絞れては来てるんだけどね。先輩文系だったから理系の学校は候補から外してるし。星大でもなかったからなー」
「でも、先輩っていうことは何気にタイムリミットも近いですよね」
「ミドリ君、何気にキツイ現実突きつけて来るよね」
「俺のサークルでも3年生はもう引退してますから。カナコさんの先輩さんももしかしたら」
「それ以上は言わないで! 部活とかサークルの外でも何か書いてるって信じてるから私は!」
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