落ちる、__

 金曜の昼、いつものように第1食堂のぼっち席で食べる味噌ラーメン。人のあまり寄り付かない立地と、真上にあるスピーカーが俺にとってはとても都合がよかった。だけど、スピーカーから感じる違和が、だんだんと確信に変わっていく。

 聞こえ方がおかしい。それはスピーカーのマシン的トラブルというワケではない。スピーカーの向こう。事務所でまさに今番組をやっているアナウンサーに対する違和感だった。

 ただ、それはそれとして番組自体は何ら問題なく終わったし、俺が気にしすぎだったのかもしれない。化石だ何だと呼ばれていても、高崎だって一応人間だ。声の雰囲気が違うことくらいあるだろうと。


「おはよう」

「あっ、岡崎先輩おはようございます」

「タカティおはよう。ああ、果林も」


 覚えた違和感を無理に納得したまま4限後のサークル室に入ると、後輩たちがきゃいきゃいと楽しそうにしている。学祭以降、3年の出席は任意になっているけど、それでも時間があるときは来るようにはしている。


「高崎は? カバンはあるみたいだけど」

「高ピー先輩なら自販でコーヒー買うって、ほら。今そこ」

「あー、俺もあったかいコーヒーでも買ってこようかな」


 吹き抜けの下には、自販のボタンを押す高崎の姿がある。この感じだと階段辺りですれ違うだろう。俺も荷物を置いて、自販コーナーに向かう。通路を左に行って、階段を下りればすぐだ。


「高崎」

「……ああ、岡崎か」


 手摺りに捕まりながら、重い足取りで一段一段歩を進める高崎に、昼の違和感が蘇る。スピーカーから聞こえていた声の質がいつもと違って聞こえたのは、決して俺の思い違いではなかったのだと。


「高崎!」


 ふらり、後ろに傾いた体。無意識に腕を伸ばしていた。気を入れないと俺も持ってかれる。階段を転げ落ちるだなんてまっぴらだ。少々荒っぽく引き上げた体は重く、熱い。


「高崎、しっかりしろ」


 機械を通さずとも、高熱に魘されているとわかった。今日の高崎はおそらく意識を保つので精一杯だったのだろう。たまにあることとは言え、ダウンする瞬間を見たことはなかったから想像以上の症状に驚きを隠せない。

 力の抜けた体を背負い、サークル室へ。その出で立ちにみんな動揺しているようだ。ただ、その中で「やっぱり」という顔をしている子がいた。


「タカティ、知ってたって顔してるね」

「番組のために事務所に来た時にはすでにしんどそうでした」


 仮に昼の時点で高崎がしんどそうだったとしても、番組を決行するか中止するかということの決定権がタカティにあるとは思えない。すべては高崎の独断で決行されたことだろう。


「確かに、高崎の集中力は褒められるべきかもしれないけど、一応サークルの場でぶっ倒れるのは感心できないな。タカティ、果林、俺、高崎のこと保健センターに連れてって来るから。サークルの実権は2年生に移ってるし、Lが来たらそのようにやっといて」


 はーいと2人分の返事を背に、高崎は今までの件を聞いていたのかいないのか。

 うん、まだ5時にはなってない。保健センターで診てもらった後はとりあえず家に帰らせて。歩けなかったとしても徒歩5分の距離だし無理やり運ぶか車持ちの子が来てるのに期待しよう。

 高崎が熱を出すのが今に始まったことじゃなければ、立ち振る舞いは気合で誤魔化しても声だけは誤魔化せないのも今に始まったことじゃない。ったく。どうしてそんなに強情かね。


「おーい、高崎、生きてる?」

「んー……」

「ああ、返事が出来る程度には意識あったんだ」

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