With the occasional face

 火曜日は、昼放送のオンエアがある。先週土曜に収録したそれを流しに向かうのは食堂の事務所。仕事をしているタケテンに挨拶をしてお邪魔する。そんな昼休み。

 菜月先輩も先にいらしていて、おはよーと挨拶をしていつものポジションに付かれた。事務所の外に伸びる通路だ。菜月先輩はいつも通路にしゃがみ込んで、購買で買ってきたパンを召し上がるのだ。


「ノサカ、昨日も会ったけど、もう体はいいのか」

「まだ本調子ではありませんが、おかげさまで。その節はありがとうございました」

「風邪をひくとこじらせるタイプだって言ってたな。あんまり夜遅くまで起きてるからじゃないか。早く寝ろ」


 土曜から日曜にかけて菜月先輩に看病をしてもらい、昨日があって至る今。寝る時間もいつもなら深夜3時4時は当たり前だったけど、今は日付が変わったくらいで寝ることにしている。

 飯を食って、うがい手洗いを徹底。睡眠時間もきっちり確保するのだ。普通の風邪なら大体1週間もすれば体が何とかしてくれる。MMPで集団感染が発覚して1週間は過ぎている。俺もそろそろ良くなりたい。


「12時20分ですね。オンエア開始します。えーと、音量は……」

「ノサカ、こっちに来い」

「えっ?」

「いいから」


 菜月先輩に促され、事務所を出て通路へ。菜月先輩の隣に陣取って、同じようにしゃがみ込む。よほどミスってない限り、トラブルも起きないだろう。そう先輩は仰って、俺にウインナーロールを差し出した。

 トラブルはそうそう起きないとは言え、ミキサーとしては見ていた方がいいのではないか。そんなことを考えてしまってなかなか隣にいる菜月先輩に意識を向けることが出来ないでいる。


「ちょっと、ここ最近考えてたことがある」

「はい」

「うちは、番組に穴を開けることはしたくない」

「それは俺も同じです」

「だから、どんなに体がしんどくてもやれるならやりたいし、やらなきゃって思ってた」

「……俺も同じです」


 それは、菜月先輩がそうだから。そう言う方が正しいのかもしれない。

 いや、俺も番組はやりたいけれど、俺がいなければ菜月先輩が番組をやることはできないワケで。逆も然り。しんどくてもやりたいし、やらなければいけないという思いを、先輩の夏風邪から数ヶ月の後に理解するのだ。


「ただ、こないだのお前を見ていて思ったのは、番組がやれないのは辛い。だけど、お前が辛い方が辛い。そう思ったんだ」

「菜月先輩」

「あんなにしんどそうで、音にだって影響が出てる。それなのに無理をさせてしまった。今は申し訳なさの方が先に来る。金曜日の時点でしんどそうなのはわかってたんだ。あの時点で止めてればって」

「結果としては無事収録出来たのですから、問題ありません。逆に、俺の方こそ例によって派手に遅刻をして、看病までしていただいて。自分の体のことくらい自分でわかっているべきでした」


 しばしの沈黙。こういう話をしていると、俺も先輩も「自分が、自分が」と責任を引き受け合ってしまうのだ。明らかに負のループに陥っていた。菜月先輩はカバンからスケジュール帳を取り出し、うーんうーんと何やら考え込んでいる様子。


「ノサカ、たまには収録を早く始めて早く終わらせて、一緒に出掛けないか? 予定のない土曜日は来月の10日か」

「それはとても嬉しいお誘いなのですが、早く始めるとなると」

「なんなら金曜は飲み明かして、そのまま番組を収録して出かけるっていうのは」

「ナンダッテー……いくら俺でもわかります。菜月先輩、もう少し誕生日の過ごし方を大切にしてください」

「誕生日なんだから夜通し祝ってくれたっていいじゃないか」

「光栄ではありますが」


 何より、菜月先輩がそれで嬉しいのであれば俺も嬉しいし、彼女の期待に応えたいとは思うワケで。どうせなら「辛い」とか「申し訳ない」よりも「楽しい」とか「嬉しい」という顔で向き合いたいと思うのだ。

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