あの衝撃に出会いたい

 食堂でお昼にしようと思ったところに舞い込んできた一通のメッセージだった。「ゴメン、行けなくなった」という文言が、せっかくの親子丼を食べ進めることを妨げる。食べなきゃ冷めるのはわかってるんだけど。

 はてさて、手元に残ることになってしまったチケットをどうしよう。ゆかりんと行くつもりでチケットを取ったものの、そのゆかりんに急用が出来ちゃったとか。まあ、ゼミの関係ならしょうがないよなあ。さて、チケットはどうする。


「よう源。親子丼か、美味いよな」

「あっ、朝霞先輩! お久し振りですー」

「相席いいか」

「あっはい、どうぞ!」


 目の前には、久々に会う朝霞先輩。朝霞先輩はサバの味噌煮定食。あっ、おいしそう。俺も今度定食にしてみよっかな。うーん、手当たり次第に声をかけてみようかな、どうしようかな。


「源、食わないのか?」

「あっ、食べます。ちょっと考え事してて。ところで、朝霞先輩って演劇に興味あったりします?」

「何にでも興味は持つ方だけど、どうかしたか」

「今度、星大の演劇部の公演があるんですけど、友達が行けなくなっちゃってチケットが1枚余っちゃって。もしよかったら朝霞先輩、一緒に行きませんか? 今回はSFみたいなんですけど」

「星大の演劇部か。学生の舞台なんて久し振りだな。スケジュール調整するから詳細を教えてくれ」

「はいっ!」


 って言うか、俺のコスプレ関係の趣味の話をしたときもそうだけど、朝霞先輩って本当に何に関しても好奇心がすっごいよなあ。確かにそんなようなことをシゲトラ先輩が言ってたような気がするけど。

 ステージに絡むとそれがすべてステージのためのインプットになっちゃうけど、割と何にでも好奇心が強くてフットワークが軽い。スポーツは苦手だけど見る分には嫌いじゃないらしい、というようなことを。

 映画や舞台が好きだとは聞いたことがあったけど、まさか学生演劇までカバーしてるとは思わなかった。久し振りっていうことは、過去に見たことがあるっていうことだろうし。


「でも、どうして星大の舞台なんだ? 友達がいるとかか」

「この辺の学生演劇界では結構名前を知られてる演者さんがいるんですよ。今回も主演なんですけど」

「ああ、でもわかるな。役者の名前で期待値が上がるみたいなことは何となく」

「高校の頃から名前は中部ブロックでは結構有名だったんですよ。高校生が書いたとは思えない作品の世界観をああまで出すかって。彼女が世界なのか、小宇宙なのか。そんな感じで圧倒されたのを覚えてます」


 そんなにすごい舞台だったなら、俺も見てみたかったなあ。そう言って朝霞先輩は悔しそうな表情を浮かべた。そして朝霞先輩は箸を置いたまま饒舌に語り続けた。

 ――良作はどこにでもあるけど、良し悪しはともかく価値観を変える作品はどこにあるかわからないから楽しいし、怖い。自分がそれを書ければしてやったりだけど、予測しないところで出会うと夜道で背後から鈍器で殴られたような衝撃なんだ。

 朝霞先輩のご飯はすっかり冷めてしまっているだろう。確か猫舌だから味噌汁が冷める分には問題ないとは思うけど、それでもご飯はあったかい方が美味しいと思う。このまま演劇談義を続けていると朝霞先輩がご飯を食べられない。どうしよう。


「あの、朝霞先輩ご飯食べてください」

「あ、そうだった。源、俺は返事できないけど、ちゃんと聞いてるから一方的に高校時代の演劇に関する思い出を語ってくれ」

「えーっ!?」

「それじゃあ、改めましていただきます」

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