女装にまつわるエトセトラ

「定例会は代替わりして、俺が新しい議長になりました。えーっと、それじゃあ他にお知らせある人いますか」


 サークルのはじめには、必要なことを連絡する時間がある。サークルが代替わりすれば、進行役も代わる。果林からお前がやれと押し付けられて至る今。新機材部長(兼定例会の新議長)の肩身は狭い。

 ここでスッと上がる手の存在感。高崎先輩だ。高崎先輩にどうぞと発言を促すと、資料を片手に立ち上がる。高崎先輩が話すぞという空気になると、サークル室の空気が一気に締まるのだ。


「えー、学祭お疲れさんした。会計作業が終了しました。食品ブースの売り上げならびに伊東の女装ミスコン優勝で浮いた機材購入費を加味した結果、学祭の打ち上げは5500円コースでやれることになりました」

「やったー豪勢!」

「でだ、店は決まったんだけどコース内容だな。5500円コースには2つある。カキ鍋かカニ鍋か。二者択一。どっちがいいとかダメとか、飲み放のオプションに関する希望などは今週末まで受け付ける。以上」


 この知らせに、1・2年生がワッと湧き上がる。他校からは酒豪ゾーンとも呼ばれるMBCCだ。プライベートの飲み会なんかは各人好き勝手にやっているけれど、店で飲むとなるとやはり多少は気合が入るのだ。

 何を隠そう、大学祭の食品ブースは打ち上げの飲み会をやるための費用を稼ぐためだけの出展。ここで稼いだ分だけ打ち上げが豪勢になる。稼いだ金は酒に使う。実にわかりやすい。高崎先輩の気合が怖すぎた理由もお察しだ。


「うーん」

「どうした高木」

「高崎先輩、飲み放題メニューにウィスキーってありますかね」

「5500円コースだから普通についてる。あ、そうだ。これがメニューの資料な。適当に回して見といてくれ」


 店の飲み会の時は、飲み放題コースがついてくる。ただ、安いコースの時は飲み放題の品揃えもそれ相応なのだ。高木はウィスキーが好きなんだけど、店飲みの時はチューハイを主に飲んでた気がする。


「あと」

「何だ」

「カキって、カキですか」

「牡蠣だな。オイスター。紅社産の牡蠣だ。まあ、お前には地元だからありがたみもねえかもしんねえけどな」


 するとどうだ、高木の表情が明らかに曇っている。いつもは淡々とした感じかのほほんとした感じなのに、明らかに、と言うかあからさまに不安気、不満気な顔をしているではないか。と言うか高崎先輩にそんな顔する度胸はすごい。俺なら殴られる。


「カキ鍋に決まったら、俺は何を食べようかなって。ひたすら酒だけを飲むことになりそうです」

「ん? 鍋は食わねえのか」

「俺、実はカキが食べられないんですよ」


 ノサカのヤツを借りれば「ナ、ナンダッテー!?」というヤツだ。いや、まあ、高木はド偏食だっていうのはMBCCじゃ知れたことになりつつあるけど、カキまでダメだったとは、という感じだ。


「L先輩いつも飲み会の時でもあまり食べないですもんね。酒だけ飲んでても元を取れますかね」

「あ、いや~……5500円コースだと難しいんじゃないか?」

「おい、お前ら訂正! 鍋はカニだカニ」

「えー!? カキ食べたかったのにー!」

「お前ら、ここは焼きそばの売り上げにソース監修と売り子で貢献した女装ミスコン準ミスの意向を慮れ。ウチにカニがダメな奴はさすがにいねえだろ」


 すみません、と高木はいつもの顔で淡々と頭を下げた。結局5500円コースの鍋はカニ鍋に決まり、カキが食べたかったとブーイングをしていた果林もカニカニーと気合を入れている。と言うかお前は何でも食うだろ。

 高木一人の事情で鍋がカニになってしまうのかという気もするけど、女装ミスコンを盾にされると誰も逆らうことが出来ないのだ。女装の売り子のおかげで焼きそばの売り上げが何割か増えているのは事実だからだ。


「カニなんて贅沢品です」

「おう、たんと食え。ああそうだ、参加費は1人2000円な」

「全額売り上げから出るんじゃないんですか?」

「積み立てだ積み立て」

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