注文の多いお化けちゃん

 場所は、俺の部屋。さすがにこの季節になると外で喋るのは身に凍みる。かと言ってどこかの店でうだうだとするのもなあという理由で。そもそも、どこか店に入ると何か買わなきゃいけないし、食べられない物が多い俺には面倒だ。

 互いに大学祭があって忙しくしていたからか、会うのは結構久し振り。月末ということもあってハロウィンに滑り込めるかどうかというタイミング。こちらとあちらが繋がって、お化けや妖怪が溢れるという興味深いイベント。一応お菓子は用意した。


「この黒いローブ、いい生地ですね」

「占いの館で着てたんだ。これをこう羽織って、水晶玉をかざすとそれっぽいでしょ?」

「雰囲気出ます」

「さとちゃんは大祭で何してたの」

「私はサークルのお店で出すお菓子をひたすら作ってて。作っても作ってもなくなっちゃって大変でした」

「そっか、お菓子作ってたんだ」


 お、これは願ってもないタイミング。ハロウィンの決まり文句と言えばトリックオアトリート、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。これを言うためだけの仕込みも済んでいる。実験もした。やるなら今。

 畳んだ洗濯物を装って置いていた白い布に手を伸ばす。前後ろを確認しつつそれを広げて、不思議そうな顔をするさとちゃんを後目に頭からすっぽりとかぶる。うん、怖がってはないかな。


「こほん。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞー」

「え、えーと、お化けちゃんですね」

「うん、そう。お化けちゃんです。お菓子ください。出来れば脂分が少なくて、クリームなども使っていない、繊維の少ない物がいいです。でも寒いのでゼリーとかは少し辛いです」

「注文の多いお化けちゃんですね」

「ごめんね。お化けちゃん、食べられる物が限られてるんだ」


 後輩に作ってもらったお化けちゃんキットをかぶって、お菓子をくださいと頼み込む。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、とは単調に。さとちゃんはホラーやオカルトが苦手だから、驚かせないように。

 目の前でお化けちゃんキットをかぶったからか、怖がってはいないようだった。実験台の高崎が派手にビビってくれた成果だね。注文の多いお化けちゃんなのは仕方ない。お化けだってたまには甘い物が食べたいんだ。


「はい、どうぞ」

「よく見えないなあ」

「お化けちゃん、宏樹さんに戻ってください」


 お化けちゃんキットを脱いで目の前に置かれたそれを見れば、少し色が濃いめの美味しそうなヤツ。2人して正座で向き合って、目の前のお菓子と向かいにいる相手を交互に見る。


「あ、カステラだ。いい匂い」

「ハロウィンなのでカボチャ風味にしてみました。カボチャは念入りに裏ごししたので繊維なんかは極力取り除けてると思います。良かったら食べてください」

「ありがとう。でも、自分でやっといてなんだけど、俺がお化けちゃんってシャレになってないなあ。一歩間違えば本当に死んでたし」

「今はもう、大丈夫なんですか?」

「たまにしんどい日があるけど大丈夫だよ。栄養面はさとちゃんがいろいろ教えてくれるし。入院する前より料理が上手くなった気がする」


 入院する前はお子様スパゲッティを炒めるだけとかで食事を済ませてたけど、退院してからは先生に言われた物を慎重に選びつつ、さとちゃんに教えてもらったことを踏まえて料理をするようになった。なんだかんだ、自分で作るのが一番ラクかなって。

 そして、カボチャ風味のカステラを一口。うん、美味しい。自然な甘さで、カボチャの風味がふわっと来る感じ。一気に食べるのは勿体ないくらい。1日4~5食のうちの1食にするわけにもいかないし。


「宏樹さん」

「なに?」

「えっと、そのっ、お、お菓子をくれなきゃ悪戯しますよー、なんて……」

「えー、さとちゃんの悪戯ってきっと可愛いだろうし逆に見たいなー。ほら、悪戯してよ、ねえ」

「そんな、意地悪言わないでくださいっ」

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