錠の名前

 体がふらりと倒れ込む、本人曰く“仮眠”を胸で受け止めて、人の歩かない場所にある階段に陣取った。男の脚で膝枕なんて気持ちよくもないだろうに、と言うか、そんな状況になっているとも知らずに朝霞クンは仮眠を続けるのだろう。

 ついさっき大学祭のステージを終えて、朝霞クンは班長会議も終えて自由の身になった。自由になった瞬間意識を飛ばすのは、前々から。最近はステージ後の気絶も落ち着いてたかな~と思ったけど、やっぱり最後はネ。

 それでなくても心身を削るって言うのが適するのめり込みっぷりだったし、全身全霊をこのステージに注ぎ込んでたから。途中でいろんな妨害もあったけど、そんなことは気にしないで自分たちのステージだけに全てを。

 ただ、朝霞クンという人はこれはこれ、それはそれという感じで次へ向かえてしまう人なんだ。ステージが終わりました、部活は引退します。じゃあ次は何をしよう。後腐れがないと言うか、さっぱりしていると言うか。少し不安だよネ。


「洋平」

「あ、メグちゃん。いいの? 見て回ってなくて」

「少しくらいなら問題ないわよ。朝霞、例によって全部が終わって倒れたのね」

「メグちゃん、本人的には気絶じゃなくて“仮眠”らしいから」


 部活を引退してしまえば、部活を通して付き合っていた人たちとの関係も少しずつ変わってくるのかなと考えることが増えていた。特に、朝霞クンとのそれが。朝霞クンとはあくまでプロデューサーとステージスターとしての付き合いだったから。

 深くまで突っ込みすぎない、付かず離れずの関係。ビジネスライク、ドライ……まあ、べたべたはしてないっていう意味ではいろんな表現の仕方があると思う。そうなると、部活がなくなると俺と朝霞クンはどういう名前の関係になるんだろうって。


「メグちゃん、部活を引退した後の俺と朝霞クンって何だと思う?」

「何って」

「例えば、元班員とか」

「友人じゃないの」

「俺は無条件で朝霞クンから友達として見てもらえるのかなって、ちょっと不安なんだ。今までが部活ありき、ステージありきだったから」

「あら、あなたがそうしたいならそう言えばいいのよ」

「でもさ、部活がなくなれば顔を合わせる機会だってそうないし。繋ぎ止めてたモノがなくなっちゃったワケでしょ」

「朝霞があなたを拒む理由は見当たらないわよ」


 朝霞クンは俺がそんなことを考えてるなんて思ってもいないんだろうな。このまま朝霞クンが目覚めちゃったら、それじゃあなって背中を向けられそうで怖い。達成感とかそんな物よりも恐怖の方が大きいだなんて、どうして言えるだろう。


「ホント、どうかしてるよ俺。部活っていう縛りに振り回されて。朝霞クンとのお別れが怖かったり、メグちゃんとの関係に期待しちゃったりして。ホンっトどうしようもない奴だ」

「朝霞なら、それがどうしたって言うわよ。あなたのその悲観的な面も含めて、受け入れるだけの器はあるわ。楽観的か悲観的かの差はあるけれど、あなたたちには“人が好き”という共通点があるもの。大丈夫よ」

「そうかな」

「朝霞と友達になりたいと言うなら、これからはPとしてだけじゃなく、人として朝霞を信頼しなさい」


 それでなくても朝霞は過去よりも先のことを見る人なのだから、過ぎた日々よりもこれから築く方を見なさい。メグちゃんはそう言って立ち上がってしまった。俺よりメグちゃんの方が朝霞クンを信頼してるんだなあって、見せつけられた感じがする。

 俺のこともわかってくれてるだけに、全てがグサグサ突き刺さってきてちょっと辛い。そうだよなあ、そうなんだよなあって。あーあ、朝霞クンたら無防備だよネ。俺の脚がそんなに寝やすいのかなあ。起きる気配ないけど。


「やっぱ、遠回しじゃダメかー……」

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