ノット・スプレンディッド

 ゼミ室に火花が散っていた。包丁を握る高井と、それを止めようとするリン。そしてそれを見守る美奈の手には、なにやら見慣れない物の袋。傍観する俺は、別にどうなろうと知ったこっちゃない。

 高井の道楽で大学祭にゼミで食品ブースを出すことになった。リンが情報センターで押しつけられた芋の処理も兼ねるという意味でメニューはカレーに決まった。カレーならば誰にでも失敗せず作れるだろうと。

 ただ、カレーを作るだけなのに高井の手は絆創膏だらけだ。リンのヤツも危なっかしい手つきをしているからか、美奈が付きっきりで補佐している。と言うか、補佐の距離が近いし本当に手を取って補佐する必要がどこにあるのかリンめふざけるな。

 カレーと一言で言っても多種多様。今現在、誰がどんなカレーが好みかで揉めているのだ。普通に作れば皆満足するのではないかという考えは、高井からすれば甘い考えで、そんなことでは売れない、らしい。


「放せリン、また手ぇ切るだろ!」

「フン、お前が包丁を扱う度に流血しているのを止めてやろうというこのオレ様の慈悲深さではないか」

「具がデカいんだお前が切ると!」

「何を言う、これくらいが食いごたえがあっていいんだろう」


 どうやら、具がゴロゴロとしているのが好みのリンと、程良い大きさの具がいい高井の戦争。俺は別にどっちでもいいと思っているから首を突っ込まない。ただ、今回は芋がメインだろうから芋の食いごたえを考えるのは間違っていないだろう。

 美奈が言うには、リンはカレーやシチューなら具が大きめ、ポテトサラダにしてもジャガイモは潰しすぎずにある程度形を残しておくのが好みらしい。と言うかリンの食い物の好みの情報なんか脅しネタにもならないし要らないんだけども。


「それより……これは、スープカレーではない、はず……」

「福井さん、箱の通りに作ったし、これっくらいがちょうどだと思うけど」

「少し、しゃばしゃばな気が……」

「ほう。美奈、お前が手にしているのはカレー粉とおからパウダーだな。濃度と粘度を足す気だな」

「スープカレーは、スープカレー……これは、カレーライス……」


 美奈は美奈で、今現在の完成品が自分好みのカレーではなかったようだ。スープカレーとしてなら美味いが、カレーライスとしては薄いというようなことらしい。これは美奈ならではのこだわりなのだろう。

 美奈は少し細かいところにこだわりを見せるところがある。米の炊き具合にしても、カレーライスであるなら少し固めがいいとかそんなようなことを気にして炊飯器をセットする。本来ならカレーに合う銘柄がいいのだけど、と。

 米の炊き具合や銘柄など、ウェイ系脳筋と腹に入れば同じという自称(略)天才サマには通じないだろうに。まあ、大学祭当日ならそういう細かな違いをわかる奴もいるだろうが、研究開発の段階でそれを気にする奴もいない。


「それと、タマネギ……炒め時間が足りない気が……」

「えー!? タマネギシャキシャキ派なんだけど!」

「……私は、煮溶けるくらいが、好み……」

「そう言われれば確かにピアノのまかないでたまに食うカレーもタマネギは煮溶けている」

「えー!? タマネギだって高いのに溶かすとかもったいなくね!? なあ石川お前はどう思う?」

「好きにしてもらえれば」


 今現在は味見専としてこの醜い戦いを見守っているが、別に俺がどうこうするワケじゃないし本当に好きにしろという気分だ。強いて言えば美奈の言う通りにしておけば不味くなる心配はないというくらいで。

 そもそも、スパイス代わりに胃薬の入ったカレーを誰が好き好んで食いたいと思うのか。好みもクソもあるか。大体、カレーの好みは具のデカさやルーの濃さ以外にも分かれる点があると気付いてないのかコイツら。


「ひとつ言うとすれば、不特定多数に出すカレーとしてはちょっと辛めじゃないかとだけ」

「すげー! 盲点だった!」

「ほう、一理ある」

「……やっぱり、タマネギをじっくり炒めて野菜の甘みを……」

「いや、タマネギはシャキシャキだ!」

「いっそのこと、両方入れればよかろう」

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