闇は執拗
「萩、ちょっといいか」
「どうぞ」
コンコンと扉を叩く音がする。ここは文化会の役員室だ。大学祭に向けてどこも慌ただしく動いているが、それはこの部屋も例外ではない。一言で言うと荘厳な雰囲気の部屋だ。空気だけは落ち着いている。
部屋に入ってきたのは、映画研究会の監崎督(かんざき・すぐる)だ。その後ろには、赤い眼鏡をかけて怯えたような雰囲気の女子学生。この時期に話と言うからには学祭関係の話だろうか。
「どうぞ、かけてくれ。で、どうした」
「放送部のことなんだが」
そう切り出される話にいい予感はしなかった。それならまだ大学祭の関係で仕事を積み重ねられる方がマシだったかもしれない。放送部に関しては思っていることがいくらかある。この状況で、まだ何か出たかと。
昨日、雄平と話して高ぶる感情を一応抑えることは出来た。個人的な感情で放送部に対する処分を加えるべきではないという結論も出た。しかし、これ以上何か出たとするなら火種が再燃するかもしれない。
「ここにいる伏見が、放送部の自称部長から暴行を受けた。その件について被害を訴えておこうと」
「自称部長というのは」
「放送部の部長は髪が長くて眼鏡をかけた理知的な女子だろ? 話に聞くような横柄で傲慢な男じゃなかったと思うけど」
「……恐らく、お前が思っているその理知的な女子は監査で、残念ながらその横柄で傲慢な自称部長が放送部の部長だ」
部長会に出ているのが部長の日高ではなく監査の宇部であることから、余所の部活からは宇部が放送部の部長だと思われているようだった。実際部を切り盛りしているのも宇部だ。しかし、これは俺も去年散々通った道だと監崎に言えば、今年もだったのかと呆れられる。
監崎によれば、宇部を部長だと思って赤い眼鏡の伏見さんに部長……宇部宛のおつかいを頼んだところ、日高が自分が部長だと言ってその書類をひったくろうとしたそうだ。伏見さんが書類を守ろうとすると、日高は彼女を叩いたり引っかくなどして暴行を加えたとのこと。
「伏見さん、それでどうなりましたか」
「その場は朝霞クンが助けてくれて、書類も監査さんに渡すことが出来ました」
「伏見の腕にはそのときの傷が残っている。暴行を受けたばかりか、自分をバカにしたと逆恨みまでしてきたそうじゃないか。伏見を助けたという放送部の男子も証人になるだろう」
「そうか」
「いや、部での処分を恐れて部長の不祥事を公にしないのが放送部の体質なら、その男子2名も怪しい物だな」
「監督先輩! 朝霞クンはそんな人じゃありません!」
今更ながら、放送部が余所からはどう見られているのか改めて理解する。そう簡単には変えられないからこそ体質だ。組織の自浄作用など1年2年で働くものでもない。闇は根深く、執拗だ。
「伏見さん、朝霞と一緒にいたというもう1人の特徴は?」
「髪が派手でした。金のメッシュで。しゃべり方がふわふわしてるような感じの」
「それなら約束しよう。監崎、その2人は真実を証言してくれる。放送部のOBとして保証する」
洋平と朝霞であれば見た物聞いた物を包み隠さず、誇張するでもなく真実のみを証言してくれるだろう。私利私欲でなく、私怨でもなく。
この件の目撃者である洋平と朝霞に対する証人喚問は後日行うことにした。今日は伏見さんに覚えている限りで事件に関する証言をしてもらい、それを調書にまとめるという作業と、被害届の提出を。総務課への申告は、すべてが整ってから。
「萩、大丈夫なのか? 放送部は何かバタバタだって言うじゃないか。余所のことに口を出すのは難だが、部長の選び方が間違ってんじゃないか? まあ、放送部はウチと違って規模も大きいから一概には言えないかもしれないけど」
「いや、放送部の体質が腐っているのは事実だ。部長の選び方も決して誉められた物ではない。だからこそ、どんな中にあろうと清廉な存在が必要なんだ。しかし、俺は全てを知りながら――……いや、これは今語ることではなかったな。では伏見さん、また後日お話を伺います」
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