生きる屍の尾

 最近は、自分たちのステージの他にも文化会の部長会も頻繁に会議が行われて休む間もなくなっていた。部活の他に学部の収穫祭に向けても動いている。だけど、そんなことを言い訳に出来るはずもない。

 とある部長会の後、萩さんから個人的に呼び止められる。日高の動きに気を付けろ、と。監査が最も注視すべきは部長の動向。その教えを守れなかったがために発生した事案はいくつもある。

 実際のステージを使っての通し練習も始まっている。宇部班は大体出来上がっているし、朝霞班は出来てるけど良くも悪くも朝霞次第。魚里班はもう少しかしら。その他の班はまあまあ。わからないのが、日高班。

 夏も通し練習には参加していなかった。その理由は日高班が過去に提出された台本を盗用していたからと考えるのが自然。今回の通し練習にも出てこないということは、疑わざるを得ない。日高本人だけじゃなく、日高班全体の動きを。


「宇部、ちょっといいか」

「朝霞。申し訳ないけど、後でも構わないかしら」

「どうした」

「いえ、少し」


 通し練習をしている輪を一瞬だけ覗いてすぐ去った影。その背中を追わなければならない。仮にトカゲのしっぽだったとしても、ここできっちり掴んでおく必要がある。

 トカゲを追ってたどり着いたのは、放送部が実質的に部室にしているミーティングルームだった。今はみんな通し練習に出ていてもぬけの殻。貴重品は各自で管理してもらっているけれど、不用心な場所には違いない。

 部屋の奥からガタガタと物音がしている。私は気配を殺し、その音の発生源に近付く。奥へと歩を進めると、音は監査席の後ろにある戸棚からだとわかる。監査席の戸棚に用事があるなんて、私くらいよ。


「そこで何をしているのかしら」

「……っ!!」

「日高班ディレクター、所沢怜央ね。もう一度聞くわ。何をしているのかしら」

「適当な台本を引っこ抜いて来いと言われました」

「誰から」

「部長からです」

「随分と素直に供述するのね」


 前髪で目が完全に隠れるマッシュヘアーが、表情を読めなくする。追い詰められたこの状況で悪びれるでもなく、開き直っているというわけでもなく、淡々と、ただ淡々と事実だけを喋っている、そんな印象を受けた。


「別に、俺がどうなろうと誰も困りませんから。戸棚の鍵は部長が作った合鍵を渡されています」

「自費でもうひとつ鍵を付けさせてもらったわ。私がいなければ戸棚は開けられないの。ところで、台本を引っこ抜いて何をするつもりだったのかしら」

「切り貼りして日高班の台本にします」

「夏もそうしたのかしら」

「はい」

「台本の改変は、部長が?」

「いえ、俺です。責任を逃れるためでしょう」


 こうまで淡々と供述されると、撒き餌とか罠じゃないかと思えるくらいに拍子抜けしてしまう。とりあえず、日高班が黒なのは明らかになったけれど、私はこのトカゲをどうするべきなのか。


「良くないことをしているという意識はあるのかしら」

「はい」

「仮に、あなたに対する処分が下ったとして」

「誰も困りません。だから、適当なディレクターにやらせてるんでしょう。汚れ仕事がDの仕事、だそうですから」

「ディレクターだから不遇な境遇を甘んじて受け入れ、ディレクターだから理不尽な命令にも従うと言うの」

「それは、ディレクターだからではなく俺自身がなあなあだからです」


 これでディレクターだからしょうがないなんて言い訳をされていたら、朝霞班の誰かさんがまた怒りかねない事態だったわね。それよりも問題は所沢怜央本人の意思。


「あなた、これからどうしたいの」

「どうって」

「大学祭の後よ。3年生は部長も含めてみんないなくなるわ。あなたを縛る物はなくなる。ディレクターとして、どうしたいという考えは持っているの?」

「そもそも、ディレクターになったのも部長に言われたからで……強いて言えば、戸田さんのように動けるディレクターが憧れではあります。班で、ディレクターの人権が尊重されればの話ですが」


 日高は班員の名前も憶えないし、ステージのことを教えてくれることもないそうだ。所沢怜央はまさにそこら辺にあった駒でしかなく、あってもなくても何ら変わらないのだ。己の手を汚さないための道具。


「あなたは手ぶらで帰りなさい。部長には、私に見つかったと言えばいいわ。私は、仮に部長であってもステージに汚い手を使ってくる者は絶対に許さない。枠を剥奪することも視野に入れておくわ」

「剥奪して、空いた枠はどうなるんですか。今から他の班に上乗せするんですか」

「出来る班はあるのよ。台本のストックをいくらでも抱えている班は宇部班以外にも。流されるだけでなく、自ら外の世界を見ることも必要よ」


 さて、ここから部長はどう出てくるかしら。監査の反逆と解釈するかしら。それでも結構よ。私にも、守るべき誇りがあるのだから。

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