禁忌の扉

 恐ろしい物を見てしまった。咄嗟に辛うじて部屋の中を見ていない沙都子の前に立ちふさがり、何が起こっているのか見えないように。ボクの後ろでは沙都子が直クンどうしたのーって不思議そうにしているけど、沙都子は部屋に入らない方がいい。

 ヒビキ先輩は一歩引いて状況を静観しているけど、紗希先輩が怖い。紗希先輩から漂うオーラは本当に怒っているときのヤツだ。夏合宿でも見た本物のオーラ。3年生も引いてしまうこの事態。沙都子は相変わらず直クンどうしたのーと。


「メンヘラビッチの白塗りBBA、負けを認めてさっさと帰れっつーの!」

「アタシがクソガキの構ってちゃんに負けてるはずがないから」

「シーナ、いい加減にしなさい」

「止めないで春奈、生意気なガキには先輩がお灸を据えないとね!」


 サークル室の中では、サドニナとシーナさんが火花を散らしている。ユキちゃんはサドニナを煽ってるし、啓子と3年生はピリピリしてる。間に入ってくれてる春奈さんが1人で気を吐いてる状況。

 沙都子に見せてはいけないのは、サドニナに突っかかってるこのシーナさんだ。シーナさんこと三条詩愛さんは、それこそ曰く付きの人。沙都子のトラウマにしてABCの黒歴史。ついでに言えばサークル費がぎりぎりになっている原因でもある。

 去年、シーナさんはサークル室に男を連れ込んでラブホ代わりにした挙げ句、男の体液と血や尿と言った彼女自身の体液にまみれ泡を吹いて倒れていた。白目を剥き、痙攣する度にぴちゃぴちゃと立つ音、波紋、むせかえる臭い。傍らに転がっていた妊娠検査薬。

 ボクと一緒に第一発見者となった沙都子は、この事件がトラウマでこの出来事を連想する物……ホラーやスプラッタなんかが地雷になった。これでも地雷は減った方。今でこそ元気だけど、ここまで回復するまでは躁鬱と言うか、感情の起伏も激しかった。


「あっ、直クン。そんなところでどうしたの? こっち来ればいいのに」

「せっかくですがヒビキ先輩、ボクはここで」


 ボクの後ろに沙都子がいることを、啓子がヒビキ先輩に耳打ちして伝えてくれる。するとヒビキ先輩は察してくれて、ダンス対決が続くようならその場所から見てる方が楽しいかもね、とここにいる理由を作ってくれた。

 啓子によれば、好き勝手にアニソンを歌い踊り始めたシーナさんにサドニナが喧嘩を売ったらしい。その程度かと。そしてダンス対決が始まって現在に至っている。サドニナらしいと言えばらしいけど、喧嘩を売った相手が悪すぎる。


「ねえヒビキ、アタシ余裕で勝ってるでしょ?」

「アタシアニソンわかんないんで」

「紗希ぃー」

「アタシジャンル外なので」

「ふっふーん、後輩に相手にされてない時点で終わってるよね! さすが枕BBAだわウケるー」

「絶対許さない、チビのクソブスが」

「は? サドニナがチビのクソブスだったらアンタ象に踏み潰されたおたふくデブじゃん。あっおたふくに謝んなきゃ。顔も性格もサドニナの方が可愛いし歌もダンスもサドニナの方がキレッキレですー」


 ケラケラと笑っているサドニナの前で、シーナさんは怒りに震えている。今までのABCはみんな嵐が過ぎるのを静かに耐えていたけど、サドニナは違う。シーナさんはここまで真正面から侮辱されたことがないのだろう。

 すると、カチカチッと不穏な音が響く。シーナさんの手にはカッターナイフ。脅しか、本気か。シーナさんに刃物という組み合わせに、2・3年生に緊張が走る。


「シーナ、その辺にしときな」

「春奈止めるな、殺す、死ね、死ぬ、切ル、キる、ああアAあアァああアッ!」


 カシャンとカッターナイフが床に落ちた。春奈さんがはたき落としたのだ。春奈さんはそれを拾い上げて刃を仕舞い、忙しいときに邪魔してごめんねとシーナさんの腕を取ってサークル室を後にした。

 ボクは沙都子を背中にやったまま、ふざけるな、死ね、死ぬなどと喚き叫ぶシーナさんの声を聞いていた。コンクリート打ちの建物は声がよく反響する。沙都子も中で何があったのか少し察したようだった。


「直クン」

「沙都子、大丈夫だよ。沙都子のことはボクが絶対に守るから」

「ううん、あたしじゃなくて、1年生」

「うん、大丈夫。絶対に手を出させない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る