跨ぐ境界線の色は
「珍しいな、高崎がご飯行くのに俺に声かけるなんて」
「俺だって自宅生に声かけんのは躊躇すっけど、他に捕まりそうな奴がいなくてよ」
「正直だな。いいけど」
高崎が携帯片手に喫煙所にいたから、いつものように隣に座った。何かを考えるような素振りだった高崎は、俺の顔を見るなり「飯食いに行かねえか」と。断る理由はなかったから、了承した。
俺が思う限りでは、高崎はご飯を誰かと食べたい方だと思う。サークルが終わった後は「飯行く奴」と挙手を取るのもお決まりの光景。俺はそれに手を上げることはほとんどないけど、カズやタカティなんかの一人暮らし勢がよく一緒に行っていると思う。
「それで高崎、どこに行く?」
「岡崎、お前は何か食いたいとかあんのか」
「高崎が好きなのでいいよ」
「それが一番困る」
「あっ、じゃあうちの近くになるけどカツ丼は」
「カツ丼の種類にもよるぞ」
「俺がいつも食べるのは味噌カツ丼だけど、ソースカツ丼もあるよ」
「乗った」
大学からは決して近くはないその店だけど、高崎はビッグスクーターひとつで行くと言うのだから結構な行動力だと思う。乗り物酔いが酷くて箱物の乗り物に乗れないとは聞いていたけど、極めてるなあと思う。
普段は電車だけど、道案内をしなければならないから今日は高崎の後ろに。こうやってビッグスクーターの後ろに乗るのは初めてのこと。速度が上がると肌寒い。高崎がもう薄手のダウンベストを着ている理由が分かった気がする。
「ここだよ」
「ナビサンキュ。おっ、美味そうな匂いだな」
「入ろうか」
席に着くと、やっぱり少し変な感じがする。高崎と2人でいること自体は別に。それなら喫煙所でいつもやってるからむしろ自然なこと。だけど、こうしてサシ飯となると話は別で。
俺はいつも通りに味噌カツ丼を、高崎は好物であるソースカツ丼を注文。店員にソースカツ丼はキャベツが乗ってるタイプかどうかを聞いていたから、念を押してるなあと思う。ソースカツ丼と一言で言ってもいろいろあるらしい。
「と言うか、俺に声をかけなきゃいけないほどには人が捕まらなかったんだ」
「伊東は今日宮ちゃんの誕生日でガチなデートだし、果林はバイトあるからあんま連れ回せねえし、ゼミの奴も大祭実行だからしばらくは無理だしっつって、思い当たる顔がどんどん潰れてった」
「菜月は?」
「……どうすっかって考えてたところにお前が通りかかって現在に至る」
「そう。邪魔した?」
「いや」
しばしの沈黙。灰皿はあるけど、どっちもそれに手を出さない。すると、まるでタイミングを計ったように注文していた物が出て来る。ソースカツ丼の実物を間近で見るのは初めてだ。これはこれで美味しそうだ。
いただきますと手を合わせ、どちらともなくカツを1枚交換した。うん、ソースも美味しい。高崎の方も、初めて入る店の丼に今のところは満足しているようで、何より。
「高崎って、自炊もするよね」
「自炊って言えるレベルかは知らねえが、自分で作って食うことはあるぞ」
「得意料理は?」
「よく作るのは炒飯とかだな」
「へえ、知らなかった」
「朝は大体トーストだし、昼は学食、夜も外で食うことの方が多いかもしんねえからな。それに、言わねえし」
思えば、高崎とは不思議な距離感を保ってきた。それこそ、パーソナルスペースを地で守るような。横に並んで座ることはあっても、向き合うことは滅多にない。なんてことない話はするけど、踏み込んだ話はあまりない。
高崎は案外秘密主義なのかもしれない。部屋に人を入れたがらないし、3年にありがちな進路の話も濁す。俺はそれを知りながら、線を侵すか否か、ギリギリのところで楽しんでいる。目の色が読まれにくいのも、こういうときには利点だ。
「岡崎」
「なに?」
「いい店だな。近くはねえから頻繁には来れねえだろうけど」
「そう。気に入ってもらえたなら何より」
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