疑惑のアクトレス

「おい和泉」

「なーにー?」

「この女って、こないだお前がセンターに連れてきてたカナコとかいう異常性癖の女だよな」

「性癖は知らないけど、カナコちゃんで合ってるよ」


 バンドの合わせで青山さんが借りているスタジオに足を踏み入れると、いつか見たような女がいた。髪は長く、顔もスタイルも下手なアイドルより整っている。この女が何者かは春山さんの答えで思い出したが、このジャズバンドと何の関係があるというのだ。まさか4人目なのか?


「それで青山さん、このカナコという奇人変人の女はこのバンドにどういう関係があるんですか?」

「ちょっ、リン君まで!? 芹ちゃんもリン君も、そんなに警戒しないでよ。それに異常性癖とか奇人変人とか、警戒の方向が土下座モノだよ!」

「和泉が悪い」

「ええ。青山さんの関係筋ですから、何か裏があると思って間違いないですからね」

「ごめんねカナコちゃん、口と目つきと態度は悪いけど悪人ではないんだよ?」

「いいえ、いいんですよ」


 確かに、いくら青山さん筋であってもいきなり異常性癖だの奇人変人などと言われて不快に思わない方がどうかしている。少なくともオレなら不機嫌になるだろうし春山さんなら手が出ているだろう。

 しかし、このカナコとかいう女を見る限り、不快に思っているようには見えないのだ。いや、確か演劇部と言っていたから、演技でどうにでもなるのかもしれない。だとすると結構なやり手ということになる。


「むしろ素敵ですね、こっちのバンドの人たちは」

「そうでしょ!? さっすがカナコちゃん女神!」

「そーだろカナコ、リンはこの通り極悪だが私は素敵なんだぞ」

「何を言いますか。異常性癖だの何だのと言っておきながら、ちょっと誉められた途端馴れ馴れしい」

「正直、誉められるのは飽きてるのでお二人が偏見でボロクソに言ってくれてゾクゾクしてると言うか」

「あ、偏見だとは思ってたんだな」

「でも、異常性癖に思われるってゾクゾクするじゃないですか、しませんか!? あの女は何に興奮するんだろうって思われてドン引きされてると思うと興奮しますよね!?」

「あ、うん、本当に異常性癖だったんだな。さすが和泉、ハズレがない」

「オレと春山さんの言うことは間違ってなかったから怒らなかったんですね」


 改めて、カナコは2年の綾瀬香菜子だと名を名乗った。綾瀬は部活の関係で青山さんが軽音サークルの方で組んでいるバンドメンバーと顔を合わせる機会があったそうだが、そこではちやほやされすぎて食傷気味だったと。

 顔やスタイルを誉められるのは飽きているし、演技や歌に関しては誉めるよりも改善点を指摘してほしいそうだ。そういう綾瀬の希望を聞いた青山さんが、こっちのバンドで1曲歌わせたらどうだろうと連れて来たとのことだった。


「性癖はともかく、カナコちゃんの歌はホントにいいから、どういう化学反応を起こすかなって思ったんだ」

「性癖はともかく和泉が連れてくるくらいだから音楽は間違いないんだろうけどな。まあ、ボーカルは遊びの範囲でだな。学祭はもうインストで行くって決めてるし」

「ええ。遊びで合わせるくらいならいいんじゃないですか」

「そっか、ありがとね芹ちゃんリン君。そういうことだからカナコちゃん、芹ちゃんの好きな歌の入ったCD貸すから、次回までにこれ全部歌えるようになってきてね」

「はい、わかりました」


 笑顔を崩さず無茶なことを言う青山さんがこの場では最も奇人変人であるのは疑いのない話。だが、それは暗に、今渡したCDにある曲はいつでも出来るようになっておけよ、とオレも言われているのだ。


「なあカナコ、演劇部なんだろ? Good Mornin'ごっこって出来るか? Singing In The Rainだな」

「出来ますよ、高校の時に叩き込まれたので。歌って踊ればいいんですよね」

「おお、さっそくやってくれるか! 踊れ踊れーい」

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