白鳥になるならば
「糸魚川呉服店でーす」
またこの季節がやってきた。夏合宿が終わってABCでも大学祭に向けて動き始めれば、先陣を切って動かなきゃいけないのは衣装担当のさとちゃん。植物園ステージでも採寸はしたけどまた変わるかもしれないし、秋は基本1人2着。早め早めが肝心。
大学祭では企画ステージと執事・メイド喫茶を出すことに決まった。ステージの衣装もだけど、より大変なのはメイド服。それにさとちゃんはみんなのリクエストを丁寧に具現化してくれるから。
「採寸しまーす。それじゃあ1年生から並んでね」
はーい、と1年生たちがさとちゃんの前に列を作ってる。それを見ていたヒビキはそれまでは止まることなくザクザクとじゃがりこをつまんでいた手を止めた。今止めたってもうどうしようもないと思うけど。
「紗希、今採寸したら2ヶ月だよ!? 2ヶ月キープしなきゃいけないとか苦行だよねこの食べ物がおいしくなる季節に!」
「ヒビキはお菓子の量を減らせばいいだけだと思うな」
「ムリ! あっ、お菓子食べたいしご飯食べなきゃいいんじゃ」
「ヒビキ先輩、それは体に悪いのでご飯をバランスよく食べて下さいね」
「ちょっ、さとちゃん聞いてたの!?」
「聞いてますよー」
巻き尺を当てつつ、さとちゃんはヒビキにグサグサと釘を刺している。確かにヒビキはほっとくとお菓子だけで済ませてご飯を本当に抜きかねない。ううん、お菓子も食べてご飯も食べるのがヒビキだからサイズアップは必至。
春の成績や秋の履修の話も採寸の前にはチラッと聞こえたけど、生活科学部のさとちゃんとユキちゃんの会話によれば、秋のさとちゃんは栄養とか食物の分野をメインに履修を固めることにしたそう。ちょっと路線が変わりましたねー、とユキちゃんは目を丸くしてた。
それまでは被服の分野が中心だったように思うけど、栄養や食物のことをもっと勉強してみたいと思うきっかけがあったのかもしれない。そう言えば、妹のうたちゃんは食が偏ってるって言ってたっけ。“さとかーさん”に磨きがかかりそう。
「はい、1年生はおしまい。学祭まで急に太ったり痩せたりしないようにね」
「はーい」
「お待たせしました。3年生の採寸に入ります」
「ムリムリムリ! アタシ春からも変わってる気がする!」
「だから毎回測るんですよ。ヒビキ先輩、諦めて下さい」
「今測る? ねえ本当に今測っちゃうのさとちゃんもうちょっと後にならない?」
「もう、さとちゃん困らせないのヒビキ」
だだをこねるヒビキにさとちゃんも困り顔。衣装を作る度にこれだからヒビキは往生際が悪いと言うか。確かにさとちゃんが来るまでは自分で適当な衣装を見繕ってたから多少管理が甘くても全然良かったんだけど。ちゃんとした物を着るからにはそれなりにシビアさが要求されるのは当然のこと。
「一応、毎回数字が変わりにくいKちゃんや紗希先輩のを先に作って、ヒビキ先輩を後回しにも一応出来ますよ」
「じゃあそうしようよ!」
「最後に回すからには、思いつきで設計やデザインを変えたり出来ないってことですからね。いつもヒビキ先輩途中で追加注文入れてきますけど、今回はなしでお願いします」
「えー!? それはちょっとー。いいアイディアが浮かぶかもしれないじゃん」
「じゃあ体型を維持して下さいね」
「えー、それもちょっとー。ねえ、真ん中の方にならない?」
「なりません」
服のデザインと体型維持と。ヒビキには究極の選択。さて、どっちを取るのかな。
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