レアな気持ちと強めの火力

「みなさん、今日はエキストラの参加、本当にありがとうございます。まだまだ暑いので熱中症などに気をつけて、がんばりましょう。よろしくお願いします」


 とうとうこの日がやってきた。大学祭に向けて星ヶ丘映研で作る映画のクランクイン。学祭に向けて作っているのは2作。そのうち1作があたしの書いた短編。もう1本は中編で、こっちは春学期のうちから撮影に入っていた。

 大学祭の星ヶ丘映画祭がうちの映研では一番大きなイベントになる。ここに向けた気合いはすごい。今回の作品も外部からもエキストラさんの募集をかけて現在に至っている。うう、緊張する。


「そしたら、雑踏3のシーンです。えっと、通行人役の皆さんはーっと」


 今までも先輩たちがやっていたのを見ていたけど、実際に自分が皆さんに指示をして回るのは大変。外部の人たちだし、段取りもちゃんとしてるつもりだったけどなかなか全体には伝わらない。


「伏見、あれは止めた方がいい」

「あれ?」

「あの背高い奴。女の子ナンパしてる」

「ええっ!?」


 監督先輩からこそっと耳打ちを受けて、その方角を見る。そこには背の高い男の人と、物凄い美人さんがいる。は~……すっごい美人さんだなあ。こんな美人さんがエキストラなんかやってくれるんだあ。主演級の美人だなー……ってそうじゃない!


「ねえ君、僕と一緒に歩かない? 恋人役の体でさあ。君みたいな子は僕といるべきだよ。その方が絵も映えるし。なんか脚本地味だし、そういうところでメリハリをつけなきゃでしょ? ねっ、だから今から君は僕の彼女ってことで。名前なんていうの? 僕は三井裕。君は? 恋人だもん、名前で呼び合わないと」


 美人さん、さすが美人だし全然相手にしてないね。眼中にないってこういうことをいうんだろうなあ。違う違う。美人さんに見とれてる場合じゃない。ナンパを止めろってほら監督先輩の目が怖い!


「あっ、あの! すみません、現場でナンパとか、よくないと思うんですよ」

「ナンパじゃないよ、配役だよ」

「そういうのは撮影スタッフ側で――」

「でも、僕と彼女が画面にいたら映えるでしょ? 作品に華が生まれるって言うか。あっでも主役食っちゃうよね、台本見たけど盛り上がりがないし」


 もー、好き勝手言ってー! 一見地味だけど些細な機微が伏見の作風! 出来上がったときにはちゃんと出来てるもん! 余計な華とかいらないし! アタシだって一生懸命書いてるし、部のみんなで話し合ってこれを作るって決まってるのにー!

 ――って叫んで暴れることが出来れば楽なんだろうけど、せっかくエキストラで来てもらってるんだからヒドい言い方しちゃ悪いよね。なるべく笑顔を絶やさず、やわらかい言葉で納得してもらえるように。


「ですから、画面がどうとかはこっちの意向で」

「役者から意見採らないでいい作品になると思ってるの? そんなんじゃ通用しないよ? 僕みたく目が肥えてる人間は台本の時点でその作品がわかるけど――」

「だから――」

「伏見、俺が出る。ちょっとお話いいですか」


 あたしがあんまりにも止められなさ過ぎてイライラしたのか、ナンパ師は監督先輩に連れられて行った。って言うか最初から監督先輩が出てきてくれてればよかったのになあ。


「あの、お姉さんナンパに巻き込まれちゃって、現場を統率出来てなくてごめんなさい。大丈夫ですか?」

「私は大丈夫です。お姉さんも大丈夫ですか? 作品ボロクソに言われて」

「大丈夫じゃないです。腸煮えくり返ってますよ」

「もっと貫いていいと思いますよ、自分のプライド。偉そうに言っちゃってごめんなさい。でも、書いた物に絶対の自信があるから、腸が煮えくり返ってるんですもんね」

「自信」

「自信」

「そっか、自信、生まれてたんだ」

「自覚してなかったですか?」


 お姉さんに言われるまで、あたしは本当にそれを自覚していなかった。でも、確かに「これが伏見の作風です!」と心の中でも強く言えるんだから、それなりに自信があったんだろうなあって。それを気付かせてくれたお姉さんに感謝。


「あの、お姉さん。ところで、お姉さんにお花屋さんの役をお願いしても」

「それが制作側の意向なら」

「そしたら、お姉さんのお名前を教えてください」

「私の名前は――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る