ストーム・アンド・ポテト

 夕立などという趣のある響きでは済まない大雨を、ゲリラ豪雨と呼ぶようになって久しい。警戒水域を超えただの床上浸水がどうしたなどとメールが入るということもなくはない。

 年に一度か二度は星港市もこのような豪雨に見舞われ、どこのビルが浸かったとか、地下鉄が止まっただのと全国ニュースでも報道される事態。台風などが近付くと、休講にならんものかと淡い期待を抱くこともある。尤も、今は夏季休業中だが。


「一雨きそうだな」

「台風が、増えた……」

「そうだな。今年は台風の発生が遅かったそうだが、ここにきてラッシュか。このまま最盛期に突入すれば、何度ここに足止めを食らうかわからんな。食料と飲料水の確保は済ませとかんとな」


 今日もいつものようにゼミ室にいると、空の色が一気に暗くなる。暗雲が立ち込め、遠くの方では局地的に雨が降りつけているのであろう帯が見える。それがこちらに近付くようなら外に出るのも億劫だ。

 課題のための調べものに来ていたという美奈も、このまま悪天候になるようならここに留まっていた方が得策だと思い始めたようだ。冷蔵庫の中を確認し、夕飯はどうしようと頭を抱えている。


「外には、出たくないし……冷蔵庫も、少し貧相……卵と、玉ねぎはあるけど……」

「ラーメンも買い出しに行かねばならんのだな。……そうだ」

「……リン?」

「こんなこともあろうかと、野菜室に……あった」


 野菜室にしまい込んでいた段ボールを開けて、新聞紙にくるんだ物をいくつか取り出す。美奈は不思議そうにそれを受け取り、これでどうしろという顔をしている。


「以前情報センターで押し付けられたジャガイモだ」

「ああ、あの……」

「長期保存の方法を調べておいた。たまに新聞紙は取り替えていたが、食えるかどうか見てくれんか」


 新聞紙を開いた美奈は、いい状態で保存されていたとゴーサインを出す。普段のオレならそのような手間暇をかけた保存方法など採らなかっただろうが、上等のジャガイモを腐らすのも勿体なかったのだ。

 こう言っては癪だしあの人は調子に乗るだろうが、今日に限っては大量にジャガイモを押し付けられていたことに感謝せねばならんだろう。春山さんの傍若無人ぶりに感謝をすることになるとは思わなかったが。


「蒸かすなり何なりすれば、腹ごしらえは出来るだろう」

「……コロッケが、食べたい……」

「コロッケ? 台風コロッケか。石川ならともかく、お前がそんなことを言い出すとは思わなかったぞ。しかし、コロッケなど」

「作る」


 そう言って美奈はエプロン代わりの白衣を纏い、調理支度を始めている。ジャガイモは元々いい物だ。玉ねぎがあれば肉がなくても問題はないそうだ。衣の材料は辛うじて揃っている。

 オレとすれば肉なしだろうとまさかこんなところで揚げたてのコロッケが食えるとはまさか思ってもみないから、それに関しては何とも言えん。女の衝動は時にとても恐ろしい物だと知る。


「美奈、何か手伝うか」

「今は特に……あっ……ジャガイモが茹で上がったら、皮を剥いて、潰して欲しい……」

「そうか。それでは、茹で上がったら言ってくれ」

「衣の材料が余ったら、パンケーキも作れるけど……」

「ほう、そうか。しかしそれは牛乳が必要なのではないか?」

「牛乳は、リンの私物が……」

「……わかった。好きに使ってくれ。まさかこの環境でデザートまで付くとはな」


 空は日没の時間が近付き、さらに暗くなりつつあった。雨風はこれから酷くなるのだろう。この建物がちょっとやそっとの雨風で揺らぐことはない。現時点では食料もある。朝になるころには天候も落ち着いているだろう。ここで過ごす上での買い物はそれからでいい。

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