暗黙と機微

「それじゃあ、越野の帰省と俺たちの再会に、かんぱーい!」

「乾杯」


 ガツン、とジョッキがぶつかれば、宴の始まりだ。大学進学を期に向島を離れた万里――越野万里が帰省してきた。万里は高校1年の時のクラスメイトで、以降文理選択の都合でクラスが離れてからも仲が良かったダチの1人だ。

 乾杯の音頭をとった拳悟とは同じバスケ部で、コート上でもそれ以外でも相棒のような間柄だった。拳悟がやたら万里に懐いていて、毎朝1階の1年4組から2階の2組まで万里に会いに来ていたのを思い出す。

 万里は帰省にあまり時間がとれなかったらしく、こっちでも多忙なスケジュール。墓参りと少しの買い物、そして俺たちと顔を合わせるのと。万里は今日のこの会をとても楽しみにしていたらしい。会場は拳悟がセッティング。万里ん家近くの飲み屋だ。


「ああ、そうだ万里。伊東がお前によろしく言っといてくれって」

「お前とカズってそんな仲良かったっけ。宮ちゃんづて?」

「いや、今緑ヶ丘で同じサークルなんだ」

「あ、そうなんだ。何やってんの」

「放送。ラジオみたいなこと」


 お兄さん注文いいですかー、と拳悟がバンバン注文を入れる。確かに俺たちは量を食うけど、お前らの食うモンは大体わかってると言わんばかりに相談もなくマシンガンオーダーを披露するのはいかがなものか。

 間延びした喋り方の本家大元、金メッシュの店員(……顔は見なかったことにしよう)が拳悟のマシンガンオーダーを鮮やかに捌く。が、拳悟のオーダーには漏れがある。どうやらそれを店員さんもわかっていて、目で俺に訊ねる。


「ビール、ピッチャーで」

「は~い。少々お待ちくださ~い」


 しばらくして、マシンガン注文をした焼き鳥の串が大量に届いた。そのほかにもサラダや何かのサイドメニューまでしっかりと充実している机の上。ピッチャーも届いて準備は万端だ。


「おい拳悟、こんだけバカみてえな頼み方すっからには、俺3:万里3:お前4で払わすぞ」

「えっ、3も出してくれる? 2人学生だし2.5:2.5:5でもいいよ。もちろん、高崎と越野が出世払いしてくれることが前提だけど」

「おい万里、ここ全額拳悟が出すってよ。せっかくだし、珍しいのとか高い酒飲んでみようかな」

「拳悟ゴチっす」

「全部出すとは言ってない! あと高崎が本気出したら破産するから!」


 今属するどのコミュニティとも違って、これはこれですごく楽だし、楽しい。土地が違えば立場も違う。バカだバカだと思っていた奴が社会人だったりもする。昔話はほどほどに、これからの話にも花が咲く。

 万里と拳悟、それぞれの彼女とのこれからの話や、2人ともが気になる某バカップルのことだとか。色恋の話も盛り上がる。俺はバカップルの話を2人に売りながら、自分は食傷気味であるというポーズを。

 時折、物を運んできた店員さんがにこにこしてこっちを窺っていたが、余計なことを言ったら殺すぞとだけ目で訴え、空になったグラスや皿を手渡し続けた。すると、空気を装ってはいたが、この店員は知り合いなのかと万里と拳悟に突っつかれ始める。

 通りかかった店員に、拳悟がおすすめのメニューを尋ねた。つか最初に聞けよ。そうだな~、と考えるポーズをした店員さん曰く、この店のおすすめはだし巻き玉子と鶏塩ラーメン、じゃこたまごかけごはん、それにプリン。……当てつけか?


「山口てめえ」

「違う違う! 議長サンが好きそうなメニューじゃなくてこれは俺の周りで評判いいメニュー! だから高崎クン怒らないで~! 高崎クンが好きそうなのならチキン南蛮とか唐揚げもあるよ!」

「高崎、お前店員さんに弱み握られてんの。議長サンて誰、女の子?」

「何もねえよ」

「高崎、お前全然変わってないな」

「うるせえ万里、潰すぞ」


 あの性悪がいなくて助かったというのと、あと万里はやっぱり俺の機微にはある程度気付くなと再確認した。


「恋愛相談なら乗るぞ」

「うるせえ、何もねえっつってんだろ。過去形だ過去形」

「それはそれで気になる! なあ拳悟!」


 “今”だったら絶対受け入れられないノリだ。“あの頃”のノリだからこそこうやって一歩踏み込んでくることを止めないでいる、のかもしれない。あと、誰がというところも大きい。ただ、店員さんがいる限り俺が口を割ることはねえ。


「俺は口が堅いし基本向島にいない。信用してくれ高崎」

「俺はそんな口堅くないけど職業柄話していいことは選べるよ。信用してよ高崎」

「俺も~、こんなだけど~胸の中にしまっておけるよ~。信用してよ高崎ク~ン」

「――って何ナチュラルに混ざってんだ山口、お前は仕事に戻れ」

「え~!?」

「お前に被った迷惑の窓口は朝霞でいいか」

「あっ、ごめんごめ~ん! 仕事仕事あーいそがしいなー!」

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