新天地に根差すため

「夏休みに入ったけど、大地はどーするん?」

「俺ね、アルバイトをしてみたいんだ!」


 大学に編入して初めてのテストが終わって、夏休みに入っている。テストは受けてみるとこんなモンかって感じ。論述問題とかだと正解がわからない分成績も楽しみだけど、単語を答えるだけとかマークシートのテストだと間違う気がしなくて退屈だった。

 星港大学に編入するために西京エリアから向島に出てきたけど、エリアのことはまだ全然わからない。自分の部屋と大学の往復くらいしかしていなかったから。興味はあるんだけど、なかなか。

 救いは、同じ西京の高専から向島の大学に編入した友達がいたこと。日野ひかりちゃんとは高専時代も少し仲良くしてて、こっちの大学に編入するって聞いたときは本当に嬉しかったなあ。


「やめときーやめときー」

「仕事内容はすぐ覚えれると思うんだけど。レストランとかコンビニとかどうかな」

「確かに大地は暗記力とか記憶力は半端ないよ。せやけどアンタは根本的に社会性とか協調性が欠落しとるやん」

「そうかなあ」

「仕事は簡単そうに見えるかもしれへんけどなあ、接客なんかアンタには無理やと思うわー、普通の人の感覚理解出来ひんのやもん」


 こうもはっきりとお前にアルバイトは無理だと言われてしまったら、そうかもねと答えるしかなくて笑えて来ちゃう。お金には困ってない。父親がそれなりに仕送りをしてくれているから。

 だけど、アルバイトをしたいと思ったのはお金のことが理由じゃない。それこそひかりちゃんの言う社会性ってヤツを学びたいとも思ったから。世の中にはどんな仕事があって、普通の人がどんな生活をしているのかを見たいから。


「そう言うひかりちゃんはアルバイトしてるの?」

「うち? うちはホームセンターの園芸コーナーにおるよ。野菜の苗並べたり、育て方とかお客さんに教えとるんよ」

「自分の専攻を生かした仕事なんだね」

「せやな!」


 ひかりちゃんは星ヶ丘大学の農学部で作物のことについて勉強しているそうだ。高専時代も寮の脇の土地を耕して野菜を育ててた。ひかりちゃんが育てた野菜がおやつとして出てきたこともあった。懐かしい。


「でも大地の専攻を生かせるバイトは難しいと思うわ。博物館とか、カブトムシ捕まえる単発のバイトくらいちゃうかな」

「えっ、カブトムシ捕まえるバイトなんてあるの!? 楽しそう! やりたい!」

「うちの大学で紹介されとるヤツなんやけどな。あっ、星大でも大学で募集しとる仕事とかないん?」

「わかんない。見たことないし」

「そーゆーんは研究室とか学生課の前に張り紙してあったりするんよ」


 学生課にもなかなか用事がないからあまり立ち入ることはなかったなあと思う。俺は大学のことすら全然知らないのかもしれない。講義で行く教室と研究室くらいだもんなあ、行くところなんて。


「ただでさえ大地は同年代の人より世間を知らんのやから、いきなり広い世界に飛び出んでも大学の中で出来るバイトから探してみたらええんちゃう?」

「そうだね。急いでもないし、秋学期くらいから始められるように探してみるよ。ありがとう、話聞いてくれて」

「別にええでー、うちも大地がそんな変わっとらんくて安心したわー。変人はやっぱ変人のままや」

「そう言えば、ひかりちゃんの友達って大学で出会えた?」

「そーなん聞いて、会えたんや! 中学以来の再会を果たしてんよー!」


 ひかりちゃんも向島に出てきた目的のひとつが果たせたみたい。中学のときに、向島に転校していった友達と会いたいってずっと言ってたんだ。再会出来て本当に嬉しそうにしているひかりちゃんを見ていると俺も嬉しい。


「ホンマ嬉しかったわあ。今一緒に野菜育てたり研究したりしとるんや! 漬け物がなあ、ホンマおいしゅうておいしゅうて。あっ、大地にも分けたげたいと思って持ってきとるんよ」

「えっ、漬け物? すごいね、そんなことまでやってるんだ」

「これも研究の一環や! 食べて感想聞かせてーな」

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