打ち上げ花火と一巡の夏

 テレビからは、お祭りめいた野球の試合。クーラーではなく網戸にした部屋で、ジュージューと焼きあがるのはたこ焼き。タコのあるたこ焼きはたこ焼きとしか呼べないので、今日は余計なことを考えなくてもいいのだ。


「あっ。ノサカ、一面タコばっかりにするな。半分はソーセージだって言ったじゃないか」

「あっ、ついうっかり。申し訳ございません」


 今日は昼放送の収録だったけど、今日も例によって俺はやらかしてしまった。そのペナルティとして野球を見ながら飲むのに付き合えと言われれば、断る理由はないしもはやこれはペナルティとも言えない。むしろご褒美に等しい。

 何とか番組の収録は5時前に終えることが出来た。そこから野球のおともと言えばたこ焼きだろうと必要なものを買い物に出かける。電車を乗り継ぐこと3駅。必要な物だけをさっと買ってとんぼ返り。

 菜月先輩の部屋に戻ってからは、中継が始まるまでのわずかな時間で材料を下拵えするのだ。菜月先輩が具材を切っている後ろで、俺はこれでもかと買い込んできた缶チューハイやカルピスの原液やなんかを冷蔵庫に詰めていった。

 意外にと言っては怒られるかもしれないけれど、包丁を持つ手つきは危なっかしいどころか鮮やかだなあと見とれてしまいそうになる。そして、早々に着替えられた部屋着の青いTシャツがオフ感を感じられてどうにかなりそうだ。


「きれいに丸める腕は?」

「ありません」

「じゃあ竹串だな」

「ありがとうございます」


 菜月先輩は金属の串で、俺は竹串でたこ焼きを丸めていく。さすが、菜月先輩は慣れていらっしゃるからか、脇にはみ出た生地やキャベツなんかを器用に押し込めている。


「不細工だな」

「申し訳ございません」

「いや、そんなモンだろ」


 菜月先輩は缶チューハイを煽りつつ、意識はタコ焼き器とテレビを行ったり来たり。時折ツンツンとたこ焼きの表面を突いて焼き加減を確かめている。俺も自分のカルピスサワーのタブを上げ、一口。


「そろそろかな。これっくらいになると転がせるようになるから、形を整えていくんだ」

「はい」


 コロコロと、穴の中でタコ焼きを転がしていく。そろそろ食べられそうな雰囲気。テレビからは、ひと際大きな歓声。油と熱気に満ちた部屋の空気をワッと吹き飛ばし、視線はテレビへ。


「あっ、菜月先輩ホームランですよ!」

「ちょっ、見逃した! あー! あーもう、誰かもう1回打ってくれないかな!」

「そんなムチャな、とは言い切れない辺りが何とも言えませんが」

「もー、ほら、たこ焼き焼けたぞ! お前なんてアツアツのたこ焼きでやけどしてしまえばいいんだ」


 縁起でもない。それも妙にリアルな呪いだなあと思いつつ、たこ焼きの表面にソースとマヨネーズをかけていく。せめて表面温度だけでも下がれ。

 菜月先輩は何だかんだ言って楽しそうにしているし、そんな楽しそうなオフ感のある菜月先輩を見られて俺もとても楽しい。たこ焼きは熱いけど口の中は飲み物で冷ませば問題ない。

 チャンステーマなんかに合わせて歌う菜月先輩は可愛らしいし、気が付けばたこ焼きを焼くのが俺の仕事になっていたとかそんなことは気にしない。ほろ酔いでご機嫌な菜月先輩が楽しいのであれば。これは俺へのペナルティなんだから。


「菜月先輩、来年は向島での開催が決まっているそうです。もし、先輩に余裕がありそうなら一緒に見に行ければなと」

「チケットなんてそう取れないだろ」

「もし、取れたとすれば」

「行きたい」

「では、しっかりと覚えておきます。そのつもりでいていただけると嬉しく思います」

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