キョロちゃんとアイスブルー

「おーいくげー、気合い入ってねーぞー」

「鵠沼くん早くー」


 スチロールの容器にスプーンをタンタンと打ち付ける音にイライラする。四方からその音が責め立ててくるのだ。連中はタンタンタタンとついには口にも出す始末。そんなに早く食いたきゃ自分で削ればいいじゃん?

 タンタンと俺を責め立てる尚サンと三浦を後目に、先輩たちはそれぞれ好きなようにトッピングをしたりして楽しんでいる。今開かれているのはGREENsのかき氷大会。先輩を優先して削った結果がこうだ。


「ホント、何で手動なんすか伊東サン。しかもなんすかこのサル」

「うちにあったのがこれだったんだよ。このおさるさんキョロちゃんていうんだよ」

「電動の方が効率いいじゃないすか」

「手動の方が趣がある気がするよねえ慧梨夏ちゃん」

「ですよねえ」


 手回し式のかき氷機のハンドルをキュルキュルキュルキュルひたすらに回し続けるだけの仕事だ。これが今日の俺に課せられた役割。見た目がまず力仕事担当なのだろう。それはいいにしても、全員分を削らなきゃいけないのかと。

 力や体力には自信があるつもりではいるけど、ハンドルを回すのに使う筋肉は普段からマックスで使っているワケじゃない。それでなくても連中はスピードを求めてくる。3人目の氷を削り終わった頃には腕が張り始めた。


「はい、尚サンあがり!」

「サンキューくげ!」

「次は誰だ! 何人だろうときやがれってんだ!」


 すると、じっとこちらを突き刺すような視線に気付く。何を言うでもなく俺の前に立ったのは、サトシさん。名前を漢字で書くと宮森慧。パッと見、慧梨夏サンと字面が似ている。慧梨夏サンの名字は宮林だし。

 サトシさんは身長が185はある3年生のフォワード。性格は物静かでクール。プレースタイルは冷静でいて結構熱い人だ。ミドル以遠のシュート精度がとにかくすごい。そしてイベントも嫌いではないようで、コートの外でも結構顔を見る。


「サトシさん、おかわりすか?」

「いや」


 そこを退けろと手だけで言われ、かき氷機の前に落ち着いたサトシさんは無言で新しい氷を削り始めた。さすがの三浦もサトシさんを煽ることは出来ず、スプーンをくわえて降り積もる氷をじっと見ている。


「アイツの企画力は確かに目を見張るが、詰めが甘い。いや、性格的に敢えて詰めずにいるんだろうが」

「えーと、サトシさん?」

「今日の企画は康平の誕生会が主題だと聞いていた。絶対忘れてるだろ」


 サトシさんが目をやったのは、他でもない慧梨夏サン。ただ、俺はその“主題”というのを聞いていなかったし、氷を削り続けるのは確かにちょっと辛かったけど、イヤという程でもなかった。確立されつつあるポジションとして理解をしていたから。


「景、上の量はどうする」

「ケイ君のおまかせでお願いします」


 白い氷の上にさらさらと赤いシロップをかけたサトシさんは、出来上がったそれを待っていた人に手渡し、新しい氷と器をセットした。ジッと俺の顔を見てくるけど、意図が分からなくて少し怖い。


「康平、味の希望は」

「えっ、まさか自分のをサトシさんに削らせらんないっす」

「えー! 鵠沼くんずるい! いたいけな三浦に順番を譲ろうという気は」

「早くしろ、氷が溶ける」

「あっ、えっとじゃあメロンで」


 器の底にジュッとシロップを敷くと、シャリシャリと氷が削れる音がする。先輩に削らせているという罪悪感と、まさかサトシさんが削ってくれているというありがたみが交互に襲ってくる。

 如何せん、サトシさんとはあまり喋ったことがなくてどういう人なのかもあまりよくわかっていない。2年生の景さんと仲がいいということは知ってるけど。だけど、これがサトシさんの人となりをわかるきっかけになるとも思わない。


「出来たぞ」

「あざっす」

「誕生日ということは、二十歳か。確か一浪してたよな」

「あ、そうっす」

「そうか」


 それだけ言うとサトシさんは席を立ってしまった。あたしの氷ー、と三浦が騒ぐものだから、仕方なく俺が再び指定席に着いて氷を食いつつハンドルを回し始める。

 まだまだわからないことだらけだ。だけど、サークルの一員としては認められているということなのだろうか。そうだとすれば、ありがたい話ではあるけれど。

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