ビックリギックリ

 昨日から、徹の機嫌がすごく悪い。徹に言わずにリンと2人で西京旅行をしてきたからかもしれない。お土産を受け取るときの顔は、どこどなく引きつっていたように思う。

 ただ、どうやらそれだけでもない様子。極力顔色を包み隠す徹が、ここまでわかりやすく機嫌を表に出しているということは、それは相当な事情……なのかもしれない。


「徹、何かしたなら、謝るから……」

「美奈には関係ない」

「……そう。でも、何かあるなら……」

「眼精疲労から来てるのか、頭が重いんだ」

「なるほど……それで……」

「ただでさえ最近は細かい作業をしてて神経に来てたっていうのにリンの野郎はそうだ西京行こうっつってマイフェイバリットシングスだ?」


 昨日、ゼミ室に帰って来てからリンがキーボードを弾いていたような気がする。曲目は、マイフェイバリットシングス。そうだ、どこどこ行こう。そういう時の定番と化したその曲を。

 徹が不機嫌な理由が私とリンだけにあるわけではないとわかったのがせめてもの収穫。眼精疲労に関しては、それらしいことを調べて対策を練るしかない。


「……作業に、締め切りがないなら、目を休めるのがいい……」

「残念ながら締め切りがある。作業は少しずつでも進めないといけない」

「それなら、受けたダメージを極力、回復しないと……」


 眼精疲労にはどういった対処法があるのか調べようとすると、ドアのロックが解除される音。やってきたリンに、チラリと目をやるけれど、徹はその存在に触れようとしない。


「おい、どうした石川クン」

「黙れ、狐が」

「何度も言うが、昨日出掛けたのはノリと勢い以外の何物でもない。お前が寝ていたのが悪いんだろう」

「本当に美奈に何もしてないだろうな」

「何を心配しているのかと言えば、そんなことか。お前の思考回路が理解出来ん」

「いや、お前も大概――」


 お前も大概、と腕を机に振り下ろそうとした瞬間。徹の動きが固まる。振り下ろそうとした手は腰にある。言葉を発することもなく、何か、衝撃に耐えているような。

 そんな徹の腰をつつこうとリンが手を近付ければ、「触ったら殺すぞ」と凄みのある目と声の脅し。ここまで本来の凶悪ぶりを表に出した徹というのも珍しい。


「徹、大丈夫…!?」

「物理的に、ビキッて言った……」

「……ぎっくり腰…?」

「ほう。急性腰痛もしくは椎間捻挫と呼ばれるものか」

「どうして、急に……」

「俺が聞きたい」


 徹は、あまりの衝撃にまだ動くことも出来ないでいる。ただ、ここにいても安静にするしか出来ないし、眼精疲労を休めるにはいいかもしれないけど、腰にはどうか。


「どこか、病院、行く…?」

「大学病院にでも担ぎ込めばよくないか」

「さすがに、それは……」

「星港市内であれば高崎の実家のクリニックは評判がいいそうだ。西海市内にかかりつけがあるならそこに行けばいい」

「徹が大きなケガをしたという話は聞かない……ケガに関わる病院のかかりつけはない、はず……」

「天才サマ、この際高崎の実家でもどこでもいいから連れてってくれ。ホントムリだ」


 徹は、リンの肩を借りてやっとのことで立ち上がる。一歩踏み出せば、その都度襲う激痛。優等生の顔も、性悪の顔も、どちらも保つことが出来ずにただ歪んでいる。

 酷いぎっくり腰になると、しばらく寝込まなければならないとも聞いたことがある。さすがにそこまでではないと思いたいけれど、症状は軽くもなさそう。おばさんに電話をした方がいいものか。


「フッ。さすがの性悪狸も、ぎっくり腰には敵わんか」

「うるせえ強欲狐。てめえもやらかせ」

「美奈、すまんがこの性悪の荷物を持って来てくれんか」

「……わかった」

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