気紛れバンドは土台から

「うーい、リーン、いるかー?」

「はい。何の用ですか」

「そりゃねーだろ。ほら、こんなモンでいいか」


 どすんと机の上に置かれたのは、やたら重たそうな紙袋。それを離した春山さんは、よほど腕が疲れたのかぷらぷらと手を振って休めている。

 その紙袋を覗き込んだ林原さんは、中から本を取り出してパラパラと中身を確認している。その表情は普段春山さんと接するときのような、言いにくいけど仏頂面ではなくて機嫌が良さそうな顔。


「しかし、これだけの物をよく用意してくれましたね」

「私は布教に手を抜かねーんだ」

「確かにこれは布教ですね」

「林原さん、春山さんに何を頼んでたんですかー?」

「ジャズ関連の本や音源を少々な」

「へー」


 林原さんはピアノを趣味にしていて洋食屋でもピアノを弾くアルバイトをしているようだし、春山さんも音楽が好きな人だということはこの3ヶ月ほどでわかってきたこと。

 時々、林原さんは洋食屋で弾く用の楽譜をここに持ち込んで情報センターの仕事の合間にそれにいろいろ書き込んでいる。春山さんも、時々それを眺めて楽しそうにしている。

 顔を合わせればケンカをしている印象の強い春山さんと林原さんだけど、音楽とか宇宙の話に関しては割と楽しそうに話をするんだなあということも、ここ3ヶ月でわかったこと。


「自分で調べてもよかったんだが、インターネットにはやはり限界がある。そこで、何でもいいから春山さんのお勧めを詰め合わせてくれと頼んだんだ」

「人をいいように使いやがって」

「ですが、やはりこういうのは春山さんに頼むのが一番ですね。ありがとうございます」

「……なんだ、気持ち悪い」


 こう言っちゃ失礼だとは俺もわかってるんだけど、俺も春山さんと同じ感想を抱いてしまった。林原さんが、春山さんに対して素直にお礼を言っているだなんて。

 ……いや、大体の場合は春山さんが理不尽過ぎるっていうパターンなのもわかってるんだけど、それでも林原さんが悪態のひとつもつかずにお礼だけを言っているだなんて。明日は大雨かもしれない。


「元々音楽と宇宙に関しては素直に話を聞いているじゃないですか」

「それはそうだけど、やっぱ気持ちわりーわ」

「どうして音楽と宇宙の話は聞くんですかー?」

「音楽と宇宙に関してはオレとは違うベクトルで知識が豊富だからな。話を聞いていて純粋に面白いというのがある」

「へー」

「音楽で言えばオレはクラシックやゲーム音楽に触れて来たが、洋食屋のバイトを始めてジャズに触れる機会も増えてな。ジャズと言えば春山さんだろうと」

「ジャズ以外も好きだぞ」

「知ってますよ」


 決してベタベタした仲良しさんっていうワケじゃないけど、こういう関係もいいなあってちょっと羨ましく思う。自分の好きな物の話を聞いてくれる人がいるって楽しいよなあ。


「これで勉強が捗ります。重ねて感謝します」

「なに、いーってことよ」


 それと、何より情報センターの平和が保たれるっていうのはいいことだなあと思ったりもするよね。春山さんと林原さんがケンカしてないって、すごいよなあ。


「しかし、本当にすごい量ですが、よくこれをここまで運んできましたね」

「布教のためならえ~んやこら~」

「春山さん、同士が欲しくて必死じゃないですかー」

「いいかよく聞け川北。もしも私が気まぐれでバンドをやりたくなったとするだろ? そしたら、ある程度刷り込んであるかないかっていうのは後から違って来るんだぞ」

「な、なるほど……」


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