大切な君だから

「あーさーかークーン、朝霞クン朝霞クンあーさーかークーン」

「戸田、コイツをつまみ出せ!」


 「夏の枠は実力で決める」という宇部の言葉を信じ、俺は夏の丸の池ステージに向けた台本執筆の作業に入っている。これは丸の池公園にある屋外ステージを2日間に渡って借り切って行われる物で、放送部の一大イベントだ。

 班には待望の1年生、ミキサーの源が加入してくれた。そんなこともあって俺のテンションは最高潮。班に各パート1人ずついるという事実は素晴らしく、台本を書くのが楽しすぎてしょうがないというのに山口と言ったら。


「つばめ先輩なら買い出しに行きましたよ」

「チッ」

「ほら~。朝霞ク~ン、つばちゃんは言われる前に仕事やってくれるんだよ~」

「源じゃ山口をつまみ出す理由にはならないしな……おい山口、いるなら邪魔はするなよ」

「じゃあ、邪魔じゃなくて要望してい~い?」

「お前、俺が台本書いてるときに邪魔されたくないのは知ってるはずだよな! わかったら俺の周りをちょろちょろすんなぶっ飛ばすぞ!」


 脅しのつもりで机を勢いよく叩きつけると、威嚇した対象の山口はともかく、源まで小動物のように震えている。もしかして、鳴尾浜から俺のこういう面については聞いてこなかったのか。どうする、ミキサーに逃げられたら。


「ううっ……やっぱり朝霞先輩ってこういう人なんですね…!」

「あ、いや、これは山口がウザかっただけで、別にお前が悪いとか邪魔だとかは思ってないぞ。ビビらせたなら悪い」

「いえ、シゲトラ先輩から話には聞いてたんですけど実物の迫力はやっぱりすごいなあと」

「ちょっと待て、何て聞いて来たんだ」

「台本を書いている時の朝霞先輩は鬼気迫る感じでおっかないけど、しばらくほっとくとすげー台本が上がってくるから黙って見守れ、と教わってきました」

「すごーい、さすがシゲトラ。朝霞クンのことわかってるね~」

「本来ならお前がわかってるべきことだろ…!」


 さらに鳴尾浜なるおはまが言うには、「朝霞は構成の意図や要求する物の情報を共有してくれるタイプだからPとしては親切な方だ」とのこと。だから俺は見守ってますね、何かあったら言ってくださいと源はスタンバる。

 しかし、やっぱり鳴尾浜はアホみたいなプラス思考だ。台本を書いてるときの俺の挙動に関しては、大体ビビられるか引かれるかだ。だけど、鳴尾浜が源によこした話だとあまり悪く聞こえないのは何故か。


「ねえ朝霞クン、俺の要望だけど~」

「は?」

「ううっ……すぐ終わるのに~」

「3分だけ付き合ってやる。くだらなければすぐ切るからな」

「今日は何の日でしょうか!」


 そんなことで今までわあわあ騒いでたのか。今日は何の日、か。ちょっと前からガンガンアピってきてやがったから答えは知ってるけど……うん、スルーでいいな。こうまで期待した目をされても。


「――って作業に戻ろうとすんのやめてまだ2分半あるよ! ってかわかってるから作業に戻ろうとするんでしょねえ朝霞クン!」

「何でお前の誕生日アピールに付き合わされなきゃいけないんだ」

「そう、一言おめでとうって言って欲しいな~って」

「お前を祝う理由が今日これまでの言動で皆無になってる。台本の邪魔しやがって」

「じゃあ、この世の中にいる今日生まれの人全員を祝おう! その中の1人でいいから!」


 そうまでして一言祝われたいとかちょっと引くし、それなら部活が終わってからでも全然間に合う用事じゃねーか。どうして俺が台本を書いてるこのタイミングでそれをぶっ込んでくる。ああ腹が立つ。


「……山口以外の6月22日生まれの皆さんおめでとうございます」

「ハブられた! ヒドい~」

「源、コイツをつまみ出せ!」

「えっと、つまみ出すってどうすれば…!」

「それか猿轡をして手は後ろ手に、胴と足は椅子に固定するように結んどいてくれないか。ここに手拭いとロープあるし」

「俺も死にたくないので山口先輩、すみません」


 山口が何やらもごもご言ってるけど、聞こえない聞こえない。はー清々した。よし、ここからは誰にも邪魔をされずに台本を書くぞ。

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