作られた偶像と義務教育

 ファンタジックフェスタは少々のトラブルもありつつ無事に閉幕。向島インターフェイス放送委員会は次のイベントへと向かっている。

 その前に、ファンフェスお疲れさまでしたという会。去年の打ち上げも飲み会だったし、今年もそれでいいよねと定例会では満場一致。店の予約は星港の地理に一番詳しい大石君に頼んだ。

 さて、ここは二次会のカラオケボックス。初っ端からアイドルソングのイントロがつばちゃんによって問答無用で送信されている。そのつばちゃんはマイクスタンドの役なのか、マイクを2本持ってしゃがみ込み微動だにしない。


「おいイントロ始まってっぞ洋平早くしろ!」

「え~!? やんなきゃダメ~?」

「1曲目入れるまでの間がウザいんで、みんな曲決めるまで洋平と朝霞サンが繋ぎまーす」

「――って俺もかよ!」

「ちょっとスイマセンねー準備に手間取っちゃって。はい頭出し~」


 問答無用で仮説ステージに上がった山口君と朝霞君はさらりと打ち合わせ、一糸乱れぬ統率で踊り出す。山口君はともかく、朝霞君が踊れるなんて意外だったね。

 僕の隣では菜月と野坂が何やらぼそぼそと話している。あれはやるのか、こうきたらこれだろう、などと。入れる曲でも決めるのだろうか。


「しかしこの曲ならやるしかないヤツじゃないか」

「間違いありません。菜月先輩、朝霞先輩の下の名前って何でしたっけ」

「薫だ。けほっけほっ」

「わかりました。洋平と薫ですね」


 イントロが終わって歌に入る頃にはみんなこのステージに拍手なんかをして盛り上がっていたし、やっぱりこういう掴みが出来るのは強みだね。

 今回はつばちゃんに半ば強制的にやらされてるようなものだけど、練習しないと踊れるようにはならないはずだ。もしかすると、こういう事態を想定出来ているのかもしれない。


「ようへーい!」

「な、何だい!?」


 突如僕の横から起こる2人分のコールに、ウインクで応える山口君。さすがはステージスターだね。そして次は朝霞君のパートが一節。すると案の定、カオルーとコールがかかる。

 コールの主は菜月と野坂だ。伊東ならともかく、この2人はこんなにノる方だったか? 菜月、飲み過ぎてないよな? 菜月の隣では、高崎もらしくなく少しギョッとした目をしている。

 みんなは思い思いにこの部屋で過ごしている。デンモクを眺めていたり、飲み物を飲んだり。歌うよりはこの雰囲気に身を投じていたいだけの人もいる。

 ただ、今この場で場を盛り上げているのは歌い踊っている山口君と朝霞君のように見えて、実際は彼らの観客である菜月と野坂なのかもしれない。


「菜月、野坂」

「何だ圭斗、せっかくいい気分だったのに」

「何ですか?」

「コールはともかく、今もサビで一緒に踊ってるだろう? 何でそんなに完璧なんだ?」

「こんなの義務教育じゃないか」

「菜月先輩の表現がしっくりきました。なるほど、義務教育。確かに俺も通ってきました」


 もちろん僕はアイドルの曲を歌ったり踊ったりする義務教育の課程は修了していない。

 ただ、野坂はわかる。野坂はイケメン好きだ。サークルでも女性アイドルに対する反応がイマイチな一方、男性アイドル(次元は問わない)に対する反応は、それはもうキャアキャアと、よく見るファンの図。


「芽依ちゃんが事務所のライトなオタクなんだ。小さい頃から刷り込まれてる」

「元凶は菜月のお母さんか」


 すると、こっちの様子が見えているのか間奏の間に朝霞君からこちらに向けて声が飛ぶんだ。


「なっち、あれはやれるか」


 ダンスの振り付けだけで示された“あれ”というのが何を指すのかは僕にはさっぱり。菜月は、返事をする代わりにその曲を送信した。


「まさか、菜月先輩が歌い踊る姿が見られるんですか!?」

「今日だけだからな。普段は一緒にやれる奴がいないからやらないけど」

「ナ、ナンダッテー!?」

「あとノサカ、いつもの入れといて。イケるよな?」

「はいっ!」


 場が温まり始めてきた。終電までの人も、オールの人も、思い思いに楽しんでもらえると僕としては嬉しいよ。

 え、僕は歌わないのかって? みんながバテてきた頃にそっと入れさせてもらうよ。……ただ、カラオケに関してはバテないお化けが身内に2人ほどいるんだけど、どうしたものか。

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