笑顔と怒りの臨界点
「圭斗、向島ってすごいねー」
今日も今日とて定例会。ファンフェスが過ぎるまでは定例会も割と頻繁に行われる。それはいいとして、ヒビキのこの棒読み具合が何とも。向島がどうすごいって? あまりいい意味でないとはわかるけど。
「ヒビキ、三井がどうかしたかい?」
「あ、お察し?」
「ん、残念だけど向島は手放しで誉められるような大学じゃないからね。それに、ヒビキの顔がそう言っているよ」
ヒビキの班でも打ち合わせが行われたようで、そのときの三井がまあ結構なことを言っていたそうだ。傲慢というか、自意識過剰と言うか。さすが、自らをインターフェイスで一番上手いアナウンサーと称するだけのことはあるね。
「アタシを初心者扱いとか、公開生放送の経験ないでしょーみたいな扱いをするのはまだいい」
「ん、青女の方が公開イベントの経験はあるよね」
「ステージで良ければ最低でも年2はあるからね。去年のファンフェスもスキー場DJもやってるけど、ラジオはステージに比べてやんないから全部が全部間違ってるワケでもないし。アタシのことはいいの」
遅刻癖が役に立つこともあるということを、僕はこの瞬間知ることとなる。まだ18時の15分前とは言え例によって空席なのは僕の右側。僕は体を左に向けて、打ち合わせの現場で実際にあったことだというヒビキの話に耳を傾ける。
話が進むにつれ、お前は何様だとか、これが向島の総意だと思われでもしたらとんでもないとか、その他諸々の感情が表情を強ばらせていく。例によって三井語録は。笑みを浮かべたまま固まった僕の顔は、決して笑ってはいない。
「アタシが三井クンよりラジオの経験がないのは事実だからまだいい。だけど、緑ヶ丘ディスは違うでしょう。しかも根拠も何もないからね」
「正直僕は、向島より緑ヶ丘の方がレベルの高いアナウンサーさんとの番組は作れると思っているよ」
ウチは代々機材王国と呼ばれる学校。僕たちの学年が例外的にアナウンサーばかりとは言え基本的にミキサーの技術に長ける学校だし、レベルの高いアナウンサーは菜月だけ。
そもそも、僕たちが得意なのは収録番組だ。緑ヶ丘はそれこそ生放送を得意にしてる学校だし育成もしっかりしている。ウチの育成はぐだぐだ。少し、僕と三井の間で認識がズレているようだね。
すると、ナニナニ何の話ーと右側から声がする。嘘だろ、まだ集合時刻の5分前。と言うか時間通りに来れるならいつもやってくれないか。僕の顔こそ先に固めた笑みのまま。どう振り向いて誤魔化そうか。
「やあ伊東、珍しく早いね」
「今日は駅地下で迷わなかったからな! 誉めろ圭斗!」
「ん、よくやったね」
「あれっ、ビッキーどうしたの? ご機嫌ナナメみたいな顔してるけど」
「そう、聞いてよカズ! ウチの班の打ち合わせでさー!」
ダメだヒビキ、伊東に三井の話が厳禁なのは3年生の間の暗黙の了解のはずだろう!? 愚痴って憂さ晴らししたい気持ちやこんなことを言われてますよーというお知らせなのもわかる! でも今の僕が大切にしたいのは定例会の平和だ!
「かくしかかくうまであーだこーだ」
「……ふーん」
「……伊東?」
「いちいち何かを踏み台にしねーと行きたいところにも行けねー程度の跳躍力、でオッケー。大丈夫だよビッキー、ゴティはそんなの真に受けるような奴じゃねーし」
伊東の反応に呆気に取られたのは言うまでもない。思ったよりも怒っていないのか、それとも内で沸々と煮えたぎっていつか大爆発するエネルギーになっているのか。どちらにしても恐怖が強い。
「ほら圭斗、6時になったぞ。せっかく俺が時間に間に合ってんだ、会議しよーぜ」
「ん、そうだね」
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