概念のない谷間

「リーン、おーい」

「どうかしましたか、春山さん」

「近々高飛びすっから2、6頼む」

「わかりました。それ相応の報酬を頼みます」


 まさか春山さん、何かやらかしてとうとう国外逃亡を…!?

 という風に考えても全く不思議じゃない辺りが何ともなあ。それっくらい情報センターの事務所は物騒なこともあるから何とも。春山さんが目だけで怖い利用者さんを黙らせていたのも何度か見たし。


「――ということだから川北、お前も春山さんに何か頼んでおくといい」

「えっと、何をですか?」

「今の春山さんの言葉を訳すると、大型連休は実家に帰るから谷間にある平日のセンター開放日は頼む、ということだ」

「なるほど」

「でもってリンの野郎は、実家に帰る宣言をしてくれるということは、それ相応の土産は弾めと先輩に集りやがる」

「北の大地は食い物が美味いですからね」

「てめえ芋投げつけんぞ」

「芋はやめろ」


 なるほど、ゴールデンウィークの帰省か。全然物騒な話じゃなかった。春山さんはこの国の最北端、北辰エリアの出身。帰省するにも飛行機が一番便利だし、それなりにまとまった時間が欲しいらしい。

 そんな時期に交通機関なんてまともに乗れたものじゃないとは思うけど、その辺は場数があるから抜かりはないとは春山さん。言動も謎だけど経歴も結構謎なんだよなあ春山さんって。


「まあ、そういうことだから川北、お前も何か欲しい物があれば頼むといい」

「私が言うならともかくお前が言うかそれを」

「普段から川北の頭を癒しグッズ化しているでしょう、対価は与えるべきだ」

「お前に言われるのは癪だが、まあ、そうか。川北ー、お前はどんな物が好きなんだ?」

「えー?」


 俺の髪をわしゃわしゃと触りながら、春山さんは北辰土産の定番をいろいろと教えてくれる。ただ、林原さんの言うように北の大地はいろいろあってどれもこれも興味が尽きないんだよなあ。自分で注文するのは多分上級者のやることなんじゃないのかな!

 とりあえずまだ初回だし、おすすめでお願いしますーということにしておいた。どんな物がもらえるのか楽しみだ。と言うか一方的にもらって大丈夫なのかなと思ったけど、林原さん曰く春山さんの爆買いは習性のような物だから問題ないとのこと。


「川北、お前は実家に帰らんのか?」

「俺は出てきたばっかりなのでまだ帰りませんねー」

「それもそうか」

「でも、食べ物が恋しいなって思うことはあるんですよね」

「ほう、やはり違ってくるのか」

「そうですねー。漬け物とか、佃煮とか、あとはカツ丼ですかね」

「漬け物か、いいな。川北、次に実家に帰ったら私に何かおすすめの漬け物を買ってきてくれ」

「いいですよー」


 次に帰るのは多分お盆か9月頃か。そのときになってみないとどう動けるかはわからないけど、きっとそれっくらいだと思う。


「実家に帰るときは日程を私に教えるんだぞ。バイトリーダーとの約束だ」

「えっ、あっ、はい」

「今の春山さんの恐ろしい笑みに補足すると、シフトを組むのとそれに伴う春山さんの帰省に影響するからなるべく早く頼む、ということだ。誰かが帰省すると残りの面々で穴を埋めねばならんからな」

「あっ、なるほどそれは大変ですね、わかりました!」

「冴なんかアイツアレだろ、帰省とか言うけどいつでも帰ってるし実家から大学まで出てこれる距離だろーがっていうヤツだろ」

「土田のそれに関しては諦めた方がいいでしょう。オレも向島民として腹を括りました」


 帰省ひとつとってもいろいろ大変なんだなあと先輩たちを見て思う。ただ、林原さんによれば春山さんが帰ってくるとお土産パーティーが楽しいとのことで、早く連休が明けないかなあって、今から楽しみなんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る