第161話 すべて、無駄だったと言うのか!
何故、あのような事が起こってしまったのか。
それは、自分が弱かったからだ。
『ヒューマン・カジノ・コロシアム?』
キャメロンはそのように結論付け、冒険者を目指す事にした。嘗ての自分が決して克服出来なかった、『健康な肉体』を武器にするのであれば、やはり武闘家だろう。キャメロンは、己の肉体を鍛え上げる事を美学とする男達の輪に入り。
そこで頑張っていると、初めて、まともな職を得た。
もう二度と、あのような事を繰り返す訳には行かない。そう考えると自分に活力が湧き、折れない心が自分の中に育っていく。稼ぎを得れば良い食材が手に入り、更にそれが自分を健康にし、身体を強くする。
それでも、自分の中にハンディキャップはあった。『元より身体が弱い』という、高い壁――……しかし、それも次第に克服して行った。傷付かなければ良いのだ。……それだけが真実だという事であれば、容易い事だった。
強さを目指した。
ただ、どこまでも強く。
『キャメロン、俺達、このミッションを受けようと思うんだけど。一緒に行かないか?』
『おお、良いぞ』
どこまでも強くなれるよう、キャメロンは目指した。
目指し続けた。
『キャメロン、そっち行ったぞ!!』
やがて冒険者としての熟練度が上がって来た時、キャメロンは気になっていた事を、行動に移そうと思った。
……どうしても、最後の最後まで自分と生きると言って聞かなかった、ミュー・ムーイッシュの事だ。
今、どうしているだろうか。……あの夫婦からその後、連絡は来ていない。キャメロン自身、あのセントラル・シティから遠く離れた街まで定期的に通う訳にも行かず、任せきりになってしまっていた。
もしも、元気にやっているという事であれば、それで良い。
これまでは、自分に余裕が無かった。それでは、意味が無いが。
今ならば、二人食べる事が出来る程度の資金はある。その時は、再度引き取るという選択肢も生まれる。ミューが、そのように望むようであれば。
もしかすると、あの夫婦も今では別の何かで、困っている事があるかもしれない。それなら、協力してやろう。
そうだ。一度、様子を見に行こう。
キャメロンはそう思い、セントラル・シティを出た。
だが――……その人物は、数年前に見た時とは、まるで様子が変わってしまっていた。
『あの娘なら、今はもう居ない』
扉の前で、平然とそのように言う男を前にして、キャメロンは驚きを隠せなかった。
『……面倒を見てくれる、約束だったじゃないですか。……今、どうしているんですか』
『知らん。……あの娘、魔力が無かったからな』
確かに、キャメロンはその事を言わなかった。
だがそれは、聞かれなかったからだ。
だって、そうだろう。そんなに大した事ではない。……魔力のせいで引き取られなかったそれまでの方が異常だと、そのようにキャメロンは思っていた。ようやく『正常』な家庭を見付けたのだと、キャメロンは信じて疑わなかった。
そのために、西の西まで来たと言うのに。
『貴方は……可愛い、娘だと……』
『五体満足なら、という事だ。誰が進んで、目の見えない子供を養う。同じ事だろう』
その言葉に、キャメロンは絶句した。
『……じゃあ貴方は、育てている子供の目が見えなくなったら捨てると、そう言うのか?』
『そうは言っていない。ただ……』
『捨てたんだろう? ……それは、同じ事じゃないのか?』
『それは――……』
『貴方は確かに、面倒を見ると言ったぞ。……それが負担だと言うのなら、どうして俺に話さなかった……!!』
『行けるか、セントラル・シティなんて。遠くてかなわん』
我慢ならない。
『貴様……!!』
男は、目を逸らした。
どの家庭も、気になっている事は始めに聞いて来た。その中で、問われなかった。特に魔力が必要だとも言われなかった。だから、ようやく魔力について不問の家庭を見付けたと思ったのだ。
それが、当然のように男は、そう言う。
『あんなのは、我が一族には要らん』
頭に血が上り、キャメロンの瞳孔が開いた。
男の胸倉を掴み、柱に叩き付けた。長く鍛えて来た腕力だ。大の男と言えど、冒険者でも無ければキャメロンの力には敵わない。
キャメロンは、思った。
無念だ。
『魔力が……そんなに大事か……!!』
キャメロンの剣幕に、流石の男も狼狽えていたが。
『当然だろう……魔力が無くて、何をすると言うんだ。人として必要な能力が備わっていない』
『お前のようにな!! 自分の都合で子供を適当にあしらう輩が居るから!! だから、孤児が減らないんだ……!!』
恥も外聞もなく、キャメロンは叫んだ。屋敷中に響く程の声で、男の意見を上書きしようとした。
『どうして俺に話さなかった!! 遠いだと!? ふざけるな!! 魔力が無いからなんだ!! 人である事に、変わりはないだろうが!!』
『おい……!! 誰か来い!! こいつを追い払え!!』
無念だった。
このような男に、ミューを任せてしまった事が、何より。
『人の価値が!! そんなもので、決まってたまるか!!』
そうして、暴れた。
屋敷を追い出された後、キャメロンは考えた。
――……ミューを、迎えに行かなければ。
しかし、何処に居るのかも分からない。情報を集めようにも、『魔力が無い』特徴で少女一人を探すのは、かなり無理がある。……しかし、見付けなければ。そうして今度は、一緒に暮らそう。
気持ちばかりが先行し、キャメロンは燻っていた。
……だが、仮に見付けたとして。きっと今頃、ミューは傷付いているのではないだろうか。遂に誰からも必要とされず、捨てられてしまったのだから。
もう、あの笑顔を取り戻す事は――……出来ないかもしれない。
『おい、そこの君!!』
そんな事を酒場で考えながら飲んでいると、変な金髪の男が押し掛けてきて、勝手に酒を奢った。
『実は俺は今、緊急で非常に困っている。力を貸してくれないか!!』
『お……おお? どうしたんだ』
後に、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルという男なのだと知ったが。
『この俺の、世にも重要なモテモテハーレムがかかった大勝負が待っているんだが、一向に身体の綺麗な女の人が見付からないんだ!!』
『待て。……落ち着いて、俺にも分かる言葉で喋ってくれないか』
言われるがままに、ラグナスという男のミッションに付き添う事になってしまったキャメロンだったが。
ラグナスに手を引かれ、山へと足を運び――……そこでキャメロンは、赤髪の魔導士、グレンオード・バーンズキッドと出会う事になった。
そうして。
『おーい!! 大丈夫か!?』
『丁度良かった!! ちょっと、協力してくれ!!』
――――その時は、訪れた。
『お前がやっているのは…………!! こういう事だァッ――――!!』
グレンが、キャメロンに銀髪のウィッグを被せたのだ。
それはキャメロンには、天啓であるかのように思えた。奇遇にも、この状況を打開するための策を思い付いたのだ。
『私、魔法少女になりたい!!』
そうだ。……魔法少女だ。
その手があった。
キャメロンとミューにしか分からない。キャメロンからミューにしか伝えられない、ひとつのメッセージ。
こんな体格の男が魔法少女をやっているとなれば、いつか自ずとそれは、ミュー・ムーイッシュに伝わるだろう。こちらから探さなくともよい。自分の噂が広まれば良いのだ。
そうすればきっと、ミューは気付く。あれ程、魔法少女を好きだった娘だ。それがキャメロンであると、否が応でも理解するだろう。
そうだ。
『そう!! ヒーローになるんだよ。ヒーローはいつも仲間の事を想っていて、どんな時も絶対に諦めないし、倒れないの。かっこいいでしょ?』
自分が、ヒーローになれば良いのだ。
気が付いてからは、早かった。最も近くに居た魔導士――……グレンや、他の人間にも話を聞いてみなければ。
『魔法少女になる方法ってあるのか?』
『うえっふ!! げっふん!!』
簡単な事ではない。
そんな事は、理解していた。
姿形を真似る事は出来ても、その状態で人助けをしなければならないのだ。そうしなければ、人から人へと噂が伝わる事はない。……だが、キャメロンには覚悟があった。
迎えに行かなければ。
もう二度と、あんな事を繰り返してはならない、と。
…………だが。
『ねえ。セントラル・シティでグレンに見せようとしていたコスチューム……ここに、持って来ているの? ……なあに、あれは。宴会道具? ……自由で良いわね。考えられないわ……すごく、楽しそうじゃない』
ミューは、気付かなかった。
『魔法、少女だ』
『……はあ?』
キャメロンは、絶望を覚えた。
その、全て。
全て、無駄だったと言うのか。
墓地で一人、キャメロンは涙した。これまで自分がしてきた努力は、ミュー・ムーイッシュにとって見れば、『無駄な時間』でしかなかった。ミューが捨てられてからの長い時間に受け続けてきた苦痛を、自分は解き放ってやれなかった。
『分からないのか……? ……あれは、魔法少女だ……。お前の愛した、あの、魔法少女なんだ……』
惨めにも、苦し紛れにも、そんな言葉を伝える事位しか、許されていなかった自分に。
キャメロンは、無念を覚えていた。
「あっ……!? キャメロンさん……!!」
遠くから、駆け寄って来る姿があった。
すっかりぼろぼろになった服と、小さな体躯。緑色の髪。数匹の魔物を引き連れて、その少年はキャメロンの下に現れた。
キャメロンは、呟いた。
「……チェリア」
「大丈夫ですか……!? ひどい傷……!! 【ヒール】!!」
チェリアはキャメロンの所まで駆け寄ると、回復魔法を使った。
「今、グレンさんの所に、リーシュさんとトムディさんが。合流して、あの金色の建物に向かうつもりです。……すぐに、僕達も向かいましょう」
キャメロンは、無心だった。
無心のまま、チェリアの言葉を聞いていた。
「……俺は、止めておくよ」
「キャメロンさん……?」
チェリアは真剣にキャメロンを見ていたが。キャメロンは苦笑して、チェリアから目を背ける以外に選択肢を持たなかった。
「俺が行っても、きっと……傷付けてしまうだけだ。……俺は、間に合わなかったんだよ。ミューの心は……もう、死んでしまったんだ」
チェリアは、キャメロンの様子に驚いていた。
「……やっと、見付けた……!!」
その言葉にチェリアは振り返り、キャメロンは呆然と眺めるように見た。
何もない空中から、声が聞こえた。やがて三日月が出現し、その上に少女が出現する。……何やらくたびれている様子だったが、少女は三日月の上に立つと、キャメロンとチェリアを指さした。
それは、チュチュ・デュワーズだった。
「よくも、私の兵隊さんをコテンパンにしてくれたわねっ!! ……あなた達だけでも、ここで私が倒してやるんだからっ!!」
何やら、チュチュは肩で息をしていたが。
「【チョコットパペット・フェスティバル】ッ!!」
チュチュの足下に巨大な魔法陣が現れ、その中から鎧の兵士が登場した。
しかし――……地面に手をついて現れたそれは、先程グレン達を襲っていた鎧の兵士とは、サイズが違う。身体を包む鎧の装飾も豪華になり、普通の人間の三倍はあろうかという出で立ちで、キャメロンとチェリアの前に立ちはだかった。
キャメロンはただ、それを眺めていた。
「うわああああぁぁっ!! ま、まずいですよこれは……!!」
チェリアが慌てていた。
気力は湧いて来なかった。キャメロンはその様子を眺めているだけで、何もしなかったが。
キャメロンの様子に気付いて、チェリアが前に出た。
「どこまでやれるか分からないけど……戦おう、みんな!!」
チェリアのリュックから、小さな魔物が飛び出した。
どこか、自分が今置かれている筈の状況が、遠い。
目の前が真っ暗になったような気がしていた。キャメロンは自分の身体が自分のものではないように思え、身体が動かなくなっていた。
ここは、何処だろうか。
「僕には、何があったのか、さっぱり分かりませんが……ミューさんと、会ったんですか」
遠くで、チェリアが言う。
「キャメロンさんが生きているという事は、まだミューさんが迷っているっていう事なんじゃないでしょうか」
不意に。
キャメロンの意識は、現実へと引き戻された。
キャメロンの前に、チェリアが立っている。……小さな身体だった。どこか弱々しさを伴いながらも、はっきりとした覚悟を持っていた。
自分よりも遥かに筋力は少なく、攻撃手段も無い少年。
「まだ、諦めるのは早いんじゃないでしょうか……!!」
鎧の兵士が、剣を振るう。
「ぐ、うっ……!!」
チェリアのヘドロスライムが黒く硬化して、鎧の兵士の攻撃を受け止める。だがその衝撃は凄まじく、受け止め切れずにチェリアは下がった。
そうして、戦っている。
今。
「キャメロンさん!!」
どこか、その光景が、それに見えたのだ。
自分が追い掛けて来た、魔法少女の姿に。
別に、何が似ているという訳ではなかった。だが、その光景はどこか似ている。自分が追い求め続けて来た、『ヒーロー』を名乗る者の姿に。
チュチュが憤慨していた。
「むうーっ……ちっこい魔物の癖に、私の兵隊さんの攻撃を防ぐなんてっ……!!」
そうか。
自分が追い掛けて、追い求め続けて来たのは、『弱さからの脱却』ではない。あの、一見弱々しく見える少女が、強靭な精神と揺るぎない意志を持ち、戦っている姿だ。
弱くとも、情けなくとも、戦う。……その姿に、心を打たれたのではないか。
自分も。そして、ミュー・ムーイッシュも。
どんな時も、決して諦めず――……。
「反撃できるなら、してみれば良いじゃん!!」
チュチュの攻撃を防ぐ事に必死になっているチェリアを見ながら。キャメロンの心に、何かが舞い戻って来る。
それは、強い意志だろうか。
――――そうだ。
ヒーローとは。いつも仲間の事を想っていて、どんな時でも決して諦めず、倒れない存在。
それが、『魔法少女』。
「モアイ君……!! 攻撃を……!!」
キャメロンは、立ち上がった。チェリアの肩を軽く叩くと、鎧の兵士目掛けて、拳を構えた。
剣を殴れば、チェリア目掛けて振られた剣は方向を変え、あらぬ所を斬り付ける。
そうだ。
ここまで、鍛えて来たのだ。
今この時、この瞬間のために――――…………
「まじかる☆乙女ちっく☆神拳!!」
キャメロンは巨大な鎧の兵士に向かって、跳んだ。
「【骨砕拳(こつさいけん)】!!」
拳を一発、美しいフォームから放つ。
それは、鎧の兵士の腹に当たり――貫通し、内側から激しい衝撃を伴い、爆発した。
瞬殺だった。跡形もなく消し飛んだ鎧の兵士に、チュチュは驚愕して固まり、チェリアもまた、驚きを隠せない様子だった。
だが、戸惑っている時間が惜しい。
「少し、弱気になっていた。……すまなかったな、チェリア」
キャメロンは、笑みを見せた。
「もう、大丈夫だ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます