第134話 面と向かって言う勇気
あの、少し話しただけで無愛想だと分かるミュー・ムーイッシュが、激昂していた。
周囲の視線は、一気に『ギルド・ストロベリーガールズ』の面々に向かった。フィッシング・バーベキューもすぐに始まるというのに、内輪揉めを起こしているグループの事は、やっぱり気になるんだろう。
何故かその中心に居るラグナスは――……沈黙したまま、事の状況を見守っていた。
「フィッシング・バーベキューには…………参加できる予定だったじゃない…………!!」
ミューの言葉に、ノアが手を合わせて返事をする。
「だから、ごめんねってば。ねっ、ラー君が入ってくれれば、優勝できるかもしれないでしょ?」
「そういう問題じゃない……これに参加できるって言うから、私はここに来たのよ……!! 旅行なんか、そもそも興味無かったわ……!!」
声量こそ無かったが、ミューは明らかに怒っていた。昨日の出来事を思い出して、俺は思わず目を細めてしまったが。ノアは先程まで苦笑していたが、ミューの言葉に少し感情を揺さ振られたらしく。少し険しい顔をして、言った。
「どうしてそんな事、言うの……? だって、ミューが悪いんだよ?」
どうやら、その言葉はミューの逆鱗に触れたらしい。ミューは眉を怒らせて、わなわなと震えていた。
それでも構わず、ノアは言った。
「何度も、声を掛けたじゃない。勝手に行動しないで、って。それをあなたが破ったから、これは仕方のない事なんだよ?」
ラグナスが、見ている。
「……何……じゃあ、人形みたいに横にいれば良いの……? 意見は通らなくて、話は聞いて貰えなくて、結局一人で決めてるグループに、なんの価値があるって言うの……」
ミューは、ノアに背を向けた。
そのまま、真っ直ぐに歩いて行く。様子を見ている人達がミューを一瞥して、気不味そうに目を逸らす。……やがてミューは、俺達の横を通過した。
俺は、その場では、ミューに声を掛けなかった。
今は、何を言っても仕方が無いような気がしたからだ。
「……なんだ? 喧嘩?」
「早く登録しようよ」
あちこちで、声が上がる。先程までのミューとノアのやり取りを見なかった事にして、ホテル前のイベント受付に向かって行った。
ノアは、自身のパーティーメンバーとラグナスに振り返ると、苦笑した。
「……怒っちゃった。仕方ないね」
「ノアは悪くないよー」
「そうそう、ちょっとあの子もやりすぎたよね」
すると、ノアの周囲にいた女の子達が、次々にノアをフォローする。
……衝突ってのは多くの場合、正当性をあまり意識しない。どちらかと言えば、多数決で決まる事の方が多い。一人で行動していたミューよりも、仲間意識を持っていたノアの方が賛同意見が多くなるのは、当然の事だったのかもしれない。
どちらが悪いか、なんてのは分からないが。
「グレン様。……あの人、大丈夫でしょうか」
いつも気を回し過ぎるリーシュが、不安そうな顔をしてミューの去り跡を見詰めていた。
「じゃあ、受付に行こうよ。まだ時間に余裕はあるけど、早い方が良いじゃん?」
そう言って、ノアは歩き出す。ノアにつられて、数名の女の子達もノアの後を追った。
だがラグナスだけは、その場に立ち尽くしたままだった。
「……ノアさん。ひとつ、よろしいか?」
「ん? ラー君、どしたの?」
俺は、思わずラグナスを見てしまった。
ラグナスは大抵、女性に対しては丁寧な言葉遣いだ。どう考えてもここは、いつものラグナスなら「ひとつ、よろしいですか」だろう。それが、「よろしいか」ときた。
ノアは気付いていないようだったが、俺には分かる。ラグナスは鷹のように鋭い目で、ノアを冷静に見ていた。
「俺の理解する限りでは、ミュー・ムーイッシュを最も嫌っていたのは、貴女だったと理解しているのだが――……それは、俺の勘違いか?」
躊躇なく、ラグナスは核心を突いた言葉をノアに投げ掛けた。こういう時、いつもラグナスは直球勝負だ。
ノアは少し困りながらも、笑顔でラグナスに答える。
「そんな、やだなあラー君。嫌いなんかじゃないよ? ……ただ、ちょっと皆が迷惑してるから、言っただけだよ」
「そうだよ、それにラグナス様が気にする事じゃないよ」
「もう忘れた方がよくない?」
次々に、ラグナスに言葉が投げ掛けられる。しかしラグナスは、仏頂面を保ったままだ。
左手に握られたトロピカルジュースのグラスが傾いて、今にも中身が零れそうだったが。ラグナスは、ノアに近寄った。
「では、どうして相談の場で、いつも彼女を抜きにした? ……それを決めるのはパーティーリーダーである、貴女だろう」
「それは、皆が迷惑してるからだよ。パーティーリーダーとしてやっただけで、嫌いじゃないよ」
「では、具体的に誰が、どのような状況で迷惑だと思った? それを、彼女に伝えたのか?」
女性に対しての敬意は忘れていないようだったが、ラグナスの声色には明らかに、怒りのそれが入り混じっている。
ノアはラグナスから目を逸らして、髪をいじりながら言った。
「いくら何でも、そこまでする義理はなくない? これだけ態度で示してるんだから、分からないと駄目だと思うけど」
周囲の女の子が、恐らく手を合わせて、「わかる」と、言おうとした。
言おうとしたというのは、ラグナスが左手に持っていたトロピカルジュースのグラスをノアに向けて、勢い良くぶちまけたからだ。
再び、周囲の視線が『ギルド・ストロベリーガールズ』の面子に集まった。ラグナスは空になったグラスをノアに向け、冷静だが、明らかに怒っていると分かる声色で、ノアに言った。
「……言い難い事というのは、相手がそれを理解していないからこそ、言い難い。だが、『言い難い』事を理由にして遠ざけ、内側で悪口を言うのでは、本質的な改善には至っていない。それはパーティーリーダーとしての責任などではなく、まして『厚意』などと呼ぶものとは程遠い」
ノアの髪から、ジュースが垂れる。
髪をいじっている最中のまま、ノアは固まっていた。……状況がまだ、理解できていないように思える。
ラグナスは、ノアを指さした。
「――――知っているか。それを、人は『嫌がらせ』と呼ぶのだ」
はっきりと言葉を突き付けて、ラグナスはノアに背を向けた。そのまま、俺達の方に……向かって来る。
ラグナスは笑みを浮かべて、俺を見た。
「グレンオードよ。どうやら、フィッシング・バーベキューという催し物があるらしい。五人一組だそうだ……これは俺からの提案なのだが、ミューさんを誘って、五人で出ないか?」
「ええ……お前がそれ言うの……?」
「良いのか? 悪いのか?」
「……まあ、良いけどさ」
「よし。では、彼女を誘いに行こうではないか」
テーブルにトロピカルジュースのグラスを置いて、ラグナスは俺達を立たせた。ミューが向かったのは……砂浜の向こう側。俺とヴィティアが夜に向かった方向とは反対側の岩場だ。
どこかで腐っているんだろうか。……まだ、マリンブリッジを出ていなければ良いが。
「ノア、大丈夫?」
「何あれ、酷くない? 顔が良くても中身があれじゃね」
「黙っていれば、良い目を見させてあげたのにねー」
ラグナスの背中に、批判の声が投げ掛けられた。ラグナスは顔だけ振り返り、少女達を見る。
嫌悪の表情を見せる少女達に、ラグナスは相対するかのような、不敵な笑みを浮かべた。
「偽りの愛情など要らん。……もっとも、見せ掛けの馴れ合いで成立した、友達『ごっこ』で満足している貴女達には、分からない事かもしれないがな」
俺は……正直、ラグナスの女性面については、割と本気でバカだと思っていた。
割と、言う時は言うんだなあ……。
隣を歩くラグナスに、俺は言った。
「……良かったのか? その……お前の恥ずかしい名前ワールド設立のための、チャンスだったんじゃないのかよ」
ラグナスは俯いていた。思わず、その顔を覗き込む。
「俺のにゃんにゃんワールドを成立させるには、彼女達がもっと成長しなくてはならない……仲間割れを起こしているようでは、駄目なのだ。そう、これは必要な経費なのだよ、グレンオード……」
……ラグナスは、血の涙を流していた。
どうしようもなく、俺は苦笑してしまった。
*
少し、良いかな。俺はメンバーにそう言って、ミューと二人で話す時間を作らせて貰った。
幸いなことに、ミューは岩場に座っていた。すっかり腐った様子で一人、顰め面をして海を眺めていた。……顰め面と言うのか、それともいつもの無表情と言うべきか、俺には違いが今ひとつ分からなかったが。
俺はミューの隣に座り、ミューを見た。
「もしかして、『捜し物』っていうのは、海の中にあるのか?」
俺はてっきり、存在も分からない何かを探しているのかと思っていたのだけど。この様子だと、何かを海で失くしてしまったのではないかと俺は想像した。
ミューは目を細くして、俺を見た。
「……違う、あなたに頼んだのはそれじゃない……ではなくて、あなた何様?」
「普通に聞いただけなんだが!?」
「間違えた……どうしてあなたがここにいるの?」
「ものすごく失礼な間違いだと思うんだが、謝罪はないのか!?」
ミューはふう、と溜息をついて、海を……溜息をつきたいのはこっちだ。
「……アイテムを……探しているのよ。海に……落としてしまって」
やっぱり、フィッシング・バーベキューとは関係のない問題があったようだ。そうでなければ、たかがお楽しみイベントにあそこまで食い下がる理由が分からないもんな。
ミューは、俺に頼んだものとは違うと言うが。この様子だと、どの道彼女にとって重要な物である事は確かだろう。
俺は、奥で待っている仲間に目配せをした。ラグナスを筆頭に、こっちに向かって来る。
笑顔を見せて、俺は言った。
「こっち四人だから、もし良かったら一緒に組むか?」
すると、ミュー・ムーイッシュは、少し驚いたような顔をして――……頬を赤らめて、俺を見――……
「気持ち悪いわ」
……なかった。
気持ち悪いって何だよ……!! 俺は少し顔を引き攣らせて、ミューを見てしまったが。
「あなた、知ってるでしょう……私には、魔力が無いのよ。フィッシング・バーベキューは、団体戦……私を入れる理由が無いわ」
だが、その後にミューはそのように、言葉を並べた。
ああ……そうか。
こいつは要するに、喋るのが苦手なんだ。圧倒的に言葉が足りていない――……少し突き放したような態度になってしまうのは、そういった理由からか。
だとするなら、俺もそれなりの対応をしてやらなきゃいけないな。
ミューが無表情のまま、何かに気付いたような顔をした。
「もしかして……身体が目当て?」
「いや、四人だって言ってるだろ」
「ちょっとだけよ……あなたもお好きねえ」
「一体お前は一人で何を言っているんだ」
……性格にも全く難が無いと言えば、それは嘘になるか。
リーシュがミューに笑い掛けて、手を差し伸べた。
「ミューさん、ですか? ラグナスさんから話は聞きました。一緒に出ましょう!」
だがミューは、リーシュの手を取らない。そっぽを向いて、リーシュから目を逸らした。その様子は、俺には少しだけ寂しそうなものに見えた。
きっと、人知れず離れていく友達というのを、何度も経験しているのだろう。人付き合いそのものを、少し怖がっているようにも見える。
思わず、苦笑してしまった。
「……魔力が無いのよ。一緒に参加しても、きっと役に立たないわ」
まあ、普通はこれで断る事ができると、そう思うだろうな。
だが、舐めてはいけない。相手はあの、ド直球で全く言葉の意味を考えないリーシュだ。リーシュはミューに満面の笑みを見せて、言った。
「大丈夫です!!」
そうだ、リーシュ。言ってやれ。
「私も剣士ですけど近接戦闘できませんし、グレン様も魔導士ですけど魔法が飛びませんから!!」
いや、言ってやれとは思ったが、俺は巻き込むな。
瞬間、ミューはリーシュを見た。全く警戒のない、純粋な驚きの瞳だった。……まあ、予想外だろうな。こんな事を言う人間、他に類を見ないだろう。
ミューは、大きな丸い瞳で、リーシュを見て。
「……………………んっ」
笑った……!?
「うっ、ふふ…………笑って言ってちゃ駄目でしょ、それは…………」
初めてミューが、屈託のない笑顔を見せた。笑い方はとても下手で、息が詰まったような声だったが。
「くっ、キュヒヒヒヒヒ…………」
……いや、下手すぎだろ。
「やりましたヴィティアさん!! ワンスマイル頂きました!!」
リーシュは何も気にしていない様子で、純粋にミューが笑ってくれた事が嬉しかったらしい。
「ワンコスマイルに負けた、って所かしらね」
ヴィティアは予想外にも、巧いことを言っていた。
「な、なんと良い笑顔だ…………!!」
ラグナス、悪い事は言わないから眼科に行け。
ミューは再び無表情になって、俺を見た。その瞳の奥にはしかし、以前とは少しだけ違うものが見られたような気がしたが。
「……あなたが、パーティーリーダー?」
「お、おう。特にパーティーの名前もないし、ギルドでもないけどな」
「悪いけど、私も目的があるから……お言葉に甘えて、参加させて貰うわ……」
立ち上がり、ミューは俺達をじっくりと見ていた。少し控えめな様子で左手を出し、ミューは微笑みを浮かべ……なかったが。
「どうもどうも、ミュー・ムーイッシュです。本日はよろしくお願いします」
何でちょっと漫才風なんだよ。あと無表情で言われると対処に困る。
俺は苦笑して、ミューの手を取った。
「あまりもの軍団にようこそ。よろしくな、ミュー」
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