第六章 完璧な(勘違いと、思い込みが)激しすぎる闘神
第79話 私、グレンの○○○になるから
その日は珍しく、特に夢も見ずに目を覚ました。
「あれ」
ここは、どこだろうか。見慣れた天井。ウエスト・タリスマンの宿では無さそうだ。木材の様子と、家具の位置。タリスマンに来る前から拠点にしていた、セントラル・シティの宿ではないだろうか。
俺は、どうしたんだっけ? 確か、ヒューマン・カジノ・コロシアムで優勝して。
ふと、俺の隣から小さな音が聞こえて来る。
「すう…………すう…………」
ヴィティア・ルーズ。少し疲れたような顔で、眠っている。
…………そうか。戻って来る事ができたんだ。
ようやく俺は、心の底から安堵していた。ここがセントラルの宿という事は、ひとまず危険は去った訳であって。それはつまり、俺がヴィティア救出を成し遂げたのだという結果に他ならない訳であって。
何だ。…………やれば、できるじゃないか。
「とにかく、帰って来たんだな」
奪われてしまった、俺の日常。その半分だけでも、どうにか取り返す事ができたんだ。…………まだ、身体は動かないみたいだが。
左腕が痺れている。やはり、吹っ飛んだ左腕が問題か。修復はしたが、まだ本調子とは行かないようだ。眠っている間に、折れた骨は治ったように思えるが……。まあ日常が帰って来たのなら、そのうちに俺の左腕も元に戻るだろう。
「…………えっ」
思わず俺は、ヴィティアを二度見した。
いや寝惚けすぎだろ、俺。何でヴィティアが横で寝てるんだ…………? 一体どういう状況なんだよ、これは…………!!
何故俺は、ヴィティアに腕枕をして眠っていたんだ。あれだけ男女別の部屋を希望していたヴィティアが、何故か俺の隣で眠っている。俺の寝ている間に、一体何があったんだ。
混乱している俺の思考に、ある神がかったワードが浮かんできた。
――――――――『朝チュン』。
いや、それはない。
「…………んぅ」
ヴィティアが寝惚け眼を擦って、起き上がった。左腕の負担が少しだけ、軽くなる。ヴィティアはまだ俺が起きている事には気付いていないようで、周囲の様子を確認していた。
すっかり、部屋は明るい。そういえば、他の仲間はどこに行ったんだろう。
「やば、寝ちゃった…………」
ヴィティアは独り言を呟いて、ベッドから出て行く。
…………何なんだ? ちょっと大きめのシャツを着ただけで、他に大した服も着ていないヴィティアが、部屋から去って行く。…………と思ったら、戻って来た。その手には、タオルのようなものが握られている。
俺の前まで走って来ると、舌を出して苦笑していた。
「おはよ、グレン。ごめんね、昨日の夜、身体拭くの忘れちゃって…………今からやるね」
――――――――朝、チュン?
いや、いやいや待て、落ち着け。冷静に考えて、ヒューマン・カジノ・コロシアムの一件で死んでいた俺が、ヴィティアに何か出来る訳無いじゃないか。冷静に考えて、ヴィティアは目を覚まさない俺を、看病してくれていたんだろう。冷静に考えて。
俺の首に、タオルが当てられた。
「慣れないわね、ほんと…………」
冷静に考えろ、ヴィティア。俺は起きているぞ。
「おはよう、ヴィティア」
俺は、未だに俺が目覚めている事に気付いていないヴィティアに声を掛けた。…………いや、おかしいだろ。俺は既に上半身起き上がって、目も開けているんだぞ。
ヴィティアは俺の顔を見ると、目をぱちくりとさせて、丸くして…………その表情は何だか、やたらと可愛らしい。
「…………目を開けたまま寝てたら、ドライアイになっちゃうわよ?」
どんだけ奇っ怪な寝相の持ち主だよ。怖いわ。
「いや、起きてるから。…………いい加減に気付け」
「…………?」
「ヴィティア?」
「――――――――ひいっ!?」
何だよ、そのリアクション。俺が目覚める事は歓迎されてないのかよ。
ヴィティアは物凄い勢いで後退り、俺から離れて行った。
「ぐっ、グレンッ!? いいい、いつから起きてたのっ!?」
「いや、さっきからずっと…………」
顔を真っ赤にして、ヴィティアは部屋の隅っこで震えていた。……にしても、随分と広い部屋だな。二人で泊まるような場所じゃないぞ、これは。
あ、そうか。男部屋だから? いや、それにしたって三人じゃなあ。第一この部屋、結構高いんじゃないのか。
…………あれ、まだ見てる。ヴィティアはじっと家具の陰から、俺の事を訝しげな顔をして見ているようだった。
「…………何?」
問い掛けると、ヴィティアは鼻を鳴らした。…………何かの覚悟を決めたのか、俺に向かって歩いて来る。…………何だよ。
ベッドに腰掛けると、俺の胸に頭を――――…………
「ヴィ、ヴィティア!?」
何してんだ!? 急に距離が近い…………ああ、そうか。心臓の鼓動を聞いているのか。
「大丈夫だよ、生きてるって。ちゃんと聞こえるだろ?」
ヴィティアの表情は変わらない。真剣な表情で、今度は俺の腹に耳を当てる。
「腹減ってるからうるさいぞ、多分」
真剣な表情で、今度は俺の頭に耳を。
「いや、そこは鳴らないだろ。落ち着けよ」
真剣だったが、全く冷静ではなかった。
ヴィティアは何度か、自分の頬をつねっていた。…………そんなにか。俺が目覚めた事が、そんなに夢物語ちっくなのか。幾らなんでも、ちょっとやりすぎ――――…………うおっ!?
「ヴィティア!? ちょ、何で泣く!?」
終いには、ぼろぼろと涙まで零す始末である。
おい、何だよもう。やり過ぎ、ってレベルじゃないぞ。確かに回復まで時間が掛かったのは認めるけど、そんなに大袈裟にする程じゃ。
「ご、ごめんなさい。…………まだ、信じられなくて…………」
――――俺の文句は、止まった。
「もう七日も、目が覚めなくて。…………私、もしこのまま目が覚めなかったら、どうしようかと、思って」
ずっと、心配してくれていたのか。
思えば、あのヴィティアが俺と同じベッドで眠っていたのだ。元々ヴィティアは、異性に対してかなり過敏になる方だと思う。倒れた俺の世話をすると、自ら買って出てくれたのだろう。そうでなければ、こんな事をする筈がない。
じんわりと、胸の辺りが暖かくなっていくような気がした。俺は苦笑して、未だ目を丸くして涙を零しているヴィティアの髪を撫でた。
「…………サンキューな、ヴィティア。…………でも、大丈夫だよ。俺は見た目どんなに傷付いていても、簡単には死なないようになってるからさ」
「そ、そうなの? …………ごめん、大袈裟で」
「いや、言ってなかったからな。でも、嬉しかったよ」
とは言え、かなり無茶をしてしまっただろうか。…………左腕はヴィティアが退いても、相変わらず痺れたままだ。これは腕枕をしていたからとか、そんなレベルじゃない。麻痺しているのだろう。
魔力の消耗は、どうにか復活したように感じるが。どこまで影響が出るか分からないから、暫くスケゾーとの魔力共有は控えた方が良いかもしれない。
「もう、女子部屋に戻って良いよ。着替えるからさ、これからの事を相談しよう」
「…………部屋はひとつしか、取ってないの」
「おお? そうなのか?」
ヴィティアは少し顔を赤らめて、上目遣いで俺を見詰めた。
「一緒に、いたくて…………」
……………………こいつ本当に、ヴィティアか? 顔だけそっくりさんじゃないか?
俺はどう対応していいのか分からず、苦笑を顔に貼り付けた。
「お、おお。そうなのか、サンキューな。…………じゃあちょっとシャワー浴びるからさ、別の部屋に行って貰っていいか?」
「手伝うわ」
「い、良いって!! 良いって!!」
「で、でも、一人じゃ大変でしょ? まだ腕も痺れてるみたいだし…………」
こいつ本当に、ヴィティアか!?
一体、俺が眠っている間にどんな意識改革が行われたと言うんだ!? ヴィティアって…………ヴィティア・ルーズって、あの、馬鹿だのバカだのアホ魔導士だの言ってた奴だろ!?
何でこんな、しおらしい態度になってるんだよ…………!!
「なんでもするから、そばに居たいの」
顔と身体以外、何も一致しないぞ!! 一体どうなっているんだ!? 俺はパラレルワールドか何かにでも来てしまったのか!?
「あー、あのな、ヴィティア」
「首輪が付いててもいいよ。私、グレンのペットになるから…………」
ドMか!?
…………駄目だ、全く調子が出ない。ヴィティアの俺への対応はもっと、きつい感じだった筈だ。いや、俺がマゾとかそういう話ではなくて、今までとのギャップが酷くて、何も言えなくなってしまう。
俺はこんな、可愛らしいヴィティアを知らない。
「だって、私のせいで、こんな…………」
不意に、ヴィティアがそんな事を言った。
あー、もう。
「きゃっ…………!?」
ぐりぐりと、ヴィティアの頭を強めに撫でた。ヴィティアは少し驚いたような様子で、荒っぽい俺の行動に混乱しているようだったが。
可愛くなっているのは一向に構わないが、それが罪悪感故に、って言うんなら、少しだけ話は別だ。
「普通にしていてくれよ」
俺はヴィティアを奴隷にしたくて、ヒューマン・カジノ・コロシアムに参加した訳じゃ無いからな。これでは、本末転倒と言うものだ。
ヴィティアは顔を上げて、俺と目を合わせた。
「今まで通りで良いよ。無理しなくて良いから。相変わらずお前は俺の仲間、な?」
恍惚とした表情で、ヴィティアは俺の撫でた髪に触れる。…………しかし、見た事がない表情ばっかりだな。やっぱり、どこかおかしくなったんじゃないのか。
「……………………分かったわ」
まあ、これが良い変化である事を期待しよう。
「でも、背中を流すのは手伝うわ!!」
「いや大丈夫だって!! ほんとに!! ありがとな!!」
「でも…………!!」
俺は多少強引に起き上がると、どうにか俺の後を付いて来ようとするヴィティアに制止を掛けつつ、シャワー室へと向かった。…………全く、俺が女の子が苦手だという事を知っていながら…………あれ、知らないんだっけ? 見ていて気付いて欲しいが。
正直、キスもした事がない恋愛経験最底辺の俺に、背中を流すなどハードルが高過ぎるのだ。勢い余って変な空気になったらどうするんだ。…………俺にそんな度胸はないか。
…………あ、違う。キスした事はあった。リーシュに…………ええい、煩悩よ去れ!!
「あ、グレン、そういえば今は…………」
俺はヴィティアの言葉に反応できないまま、シャワー室の扉を開いた。
「あ……………………」
白い肌。
タオルで前を隠した、栗色の髪の少女。突如として扉を開いた俺に、目を丸くしていた。
なだらかな曲線美。細い腕。綺麗な尻。…………それはまるで、昔話に登場するヴィーナスか何かのようであり…………。
「○△□×!”#$%&’――――――――!?」
気が付けば俺は、声にならない声で叫んでいた。
「グレンさん!! 良かった、目が覚めたんですね!!」
素っ裸にも関わらず、俺の登場を歓迎するチェリア・ノッカンドー。頭に血が昇って、今にも卒倒しそうだった。…………倒れて目が覚めたばかりだぞ。大丈夫か、俺。
その向こうには、筋肉質のマッチョ――――…………
「おお、グレン!! 気が付いたのか!!」
「○△□×!”#$%&’!?」
更に大丈夫ではない光景に、俺の混乱は頂点に達した。
「おっ…………おま!! お前!! 何考えてんだ!! 幾らお前が魔法少女だと言ってもな!! やって良い事と悪い事があるだろうが!!」
「おお? どうした、何の話だ?」
「見りゃ分かるだろうが!!」
「目覚めた初っ端からうるさいなー、グレンは……」
その声は…………トムディ!?
「まあまあ、元気な証拠ですよー」
な…………何なんだ、この光景は。一体、何がどうなっているんだ。…………俺がおかしいのか? どうして、チェリアがこの場所に居る事に、誰も疑問を持たないんだ。
いや、そんな訳ないだろ。例えばこの場所にリーシュやヴィティアが居たら…………おかしいよな!? …………なあ!?
「グレンさん、座ってください。背中、流しますよ」
「お…………おい、チェリア!! お前もっと、自分の事を大切にしろよ!! 何考えてんだ!!」
「へっ?」
何で目を丸くしているんだ。やっぱりここは、パラレルワールドなんじゃないのか。ヴィティアもおかしいし、何より世界がおかしい。こんな世界は間違っている。絶対。
「あー…………グレンさん、もしかして勘違いしてたんですか?」
チェリアは苦笑して、前を隠していたタオルを取っ……………………
「僕、男です」
俺の意識は再び、遠い宇宙へと旅立って行った。
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