幸せのタイムライン

三月兎@明神みつき

幸せのタイムライン

 世界は悪意に満ち溢れている。


 いや、悪意のある報道が、世界が悪意で満ち溢れているかのように錯覚させる。

テレビのニュースを見る。人が死んだ、殺された。政治家やタレントが、悪事を。

新聞を見る。同じようなことが書いてある。真っ先に目に入るのは、悪いニュース。

ネットのニュースを見る。まただ。ゴシップ。事故。殺人……

 こんなのばかりだ。悪いニュースばかりが目につく。嫌になる。

いいニュースなんて、しらみつぶしに見たって、日に数えるほどしか見ない。

それを見つけるのに、悪いニュースをその何十、何百倍も見なけりゃならない。

 世界には、もっといいニュースだってあるだろう。

じゃあなんで、それを載せないんだ。大々的に報道しないんだ。

 簡単だ。つまらないからだ。


 人間は、他人の足をひっぱるのが大好きな動物だ。

誰かの幸せを喜んだり、同じ高みまで行く努力をするよりも、誰かが失敗したりして転げ落ちる様を見て喜ぶ。その方が楽だからだ。自分の位置が高くなったと錯覚しているんだ。

相手が下がっただけで、自分は上がっていないのに。相手を下げたかのような欺瞞。

 だから、悪いニュースばかりが取り上げられる。表立って。

他人の幸せを見たら、嫉妬する奴の方が多いからそうなる。報道する側もそうだからだ。同じ人間だから。


 だから僕は、そんな世界を閉ざすことにした。悪意に満ち溢れた世界なんて、ご免だ。悪意を押し付けてくる世界なんて、ご免だ。

 まず、テレビは部屋の外に放り出した。悪意ある報道の権化よ、さらば。

カレンダーも、時計もだ。時間なんて、もう僕には関係ない。

そして部屋に閉じこもる。外部からの情報は少しでも減らすためだ。

最後に、カーテンを閉める。窓から嫌なものが見えたらいけない。最後まで手抜かりは無い。


 あとは簡単だ。パソコンに向かう。

ブックマークは全部消す。残すのは、SNSだけ。

そこに、いいニュースを載せるものだけを登録する。他はブロックだ。

探せばあるんだよ、いいことを取り上げてるとこは。

 タイムラインには、次々にいいニュースが流れてくる。幸せな世界が、そこに創られていた。

難病の少女への臓器移植が成功した。募金で貧しい国に学校ができた。

そうそう。いいニュースだってあるんだ。善行は報われてるじゃないか。

これは幸せのタイムラインだ。世界の幸せが、ここに凝縮されている。

 僕は、次々にタイムラインに届くいいニュースを見て、幸せに浸った……


              ※


 あれから数週間が経過した。

もうおやじもおふくろも、うるさく言ってくることはない。

タイムラインには、相変わらずいいニュースばかりが溢れている。

いいことをしている人間や、いい出来事は、山ほど僕の目に入ってきた。

けれど完璧じゃない。たまにはノイズのように、悪いニュースも混ざる。

 なに、芸能人のAが結婚? こいつはあこぎな売り方で売れた奴じゃないか。ろくなもんじゃない。このサイトは見る目が無い。ブロックだ。

児童養護施設に匿名のプレゼント? 中にはおもちゃや本が……これは企業か作家の売名行為だ。このサイトもこんな安っぽいニュースに騙されやがって。ブロック。

 なんだみんな、こんなちゃちな偽善に騙されやがって。みんな日常の悪意に犯されているんだ。気づかないうちに。


 外からパトカーのサイレンの音が聞こえる。

うるさいな、悪い奴がつかまったのか? いいことだ。

でも、それだと事件があったわけだよな。それは良くない。

 ドアを強く叩く音。警官らしき大声。

なんだ、世界も僕に悪いニュースを運んできやがるのか。せっかく僕に悪いニュースを運んでくるおやじとおふくろを殺したっていうのに。

 僕は、タイムラインを眺める。ああ、世界は幸せに満ち溢れている。

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