とある心のイジメ供養

伊東デイズ

さよなら

第1話 悪魔

 だってそうだろ?

 中学二年くらいになれば体もデカくなってくるし、誰かがイジメの焦点になってくれれば生徒の怒りは教師にむかってこない。分かりきった話だ。

 だから佐々木君の昼食のサンドイッチにトカゲの開いたのが入っていても、新井くんの机の中に腐った牛乳がぶち込まれていても誰も助けてくれないし、先生はなにも見ていないし聞いていない。

 たとえ、僕とカッちゃんが仲良く屋上の給水塔のてっぺんから職員駐車場にダイブしたところで、つぶれトマト状態になった僕たちを教師たちは平気でまたいでいくだろう。あ、靴が汚れちゃう、とか言いながら。

 翌日、校長のツラがテレビに映って、

「イジメがあったとは聞いていない。遺書は発見されませんでした」

 とエンドレスに繰りかえす。ああ早くこんな騒動おわらねぇかなぁ。そんなツラで。

 まるで他人事のイベントみたいに興奮する生徒たち、ケータイで撮った写真はネットに拡散、死んだ後までさらし者。追い込んだ奴らは藪の中。

 担任は取材拒否をつづけたあげく、長期療養に突入、あとは手厚く教職員組合が守ってくれる。病休三ヶ月までは減給なし。いえーい。そういえば、「療養中」に海外旅行へ行った奴もいたっけ。

 まあ、僕たちに逃げ場はないし、守ってくれる人はない。……もうね。


 カッちゃんと僕は同じクラスだった。

 佐々木君と新井くんは五組だったけど、ざっくり言えば、みんな背丈も成績も低レベルだったし、やられても反撃できないで、黙って傷をなめているところが似ていた。

 いつだったか、イジメの先頭に立っていたカズオが言っていた。

「おまえら全員どうかいじめてくださいって、顔に書いてんだよね」

 直後にそいつのストレス解消パンチがカッちゃんの腹に立て続けに三発めり込んで、かばおうとした僕には床掃除のモップ絞り水が滝のように浴びせられ、

「後始末、よろしくぅ~」

 みたいな。ずっとこんなだった。

 で、カッちゃんが身動きもできないもんだから、僕は必死で肩を貸す。丸刈り頭のカッちゃんの髪がざらっと僕の頬に当たって、ちくちくした。

 どうにか保健室につれていったけれどしっかり施錠されている。

 そうだった。ここで体育以外の怪我や打撲が“見つかった”ら、学校の責任になる。なので放課後はすぐに閉めてしまうんだ。すごいね。

「もういいよ、大丈夫、だいじょうぶだよ……」

 カッちゃんがだいじょうぶを連発するときは普通の生徒ならとっくに号泣しているレベルなんだが、絶対、涙なんか流さない。

 去年、カッちゃんはいきなり胴上げされて、床にたたきつけられた。そのときもやっぱり大丈夫を連呼していたような気もする。

 肋骨にひびが入っていたけど、みんなも頑張ってるのに泣くわけに行かないだろ?

 そういってた。それからは僕も我慢するようにはなっていたんだけど。

 ただ、どうしても涙がこらえきれなくなる原因は、いつもカズオだった。


 名前は相馬和王そうまかずお、って言うんだけど、みんなアクマ王って呼んでた。

 いつもとろんと眠たそうな顔をしている。

「オレって殴っているとき、一番あたまがすっきりするんだなぁ」

 っていいつつ、殴る。

 そんなときのアクマ王は、ギンギンに覚醒した感じで、その落差で周囲の生徒は恐怖のどん底ってわけだ。

 心の善なるものがなにひとつ芽吹かないまま、人間のダークサイドだけがじくじく増殖した、という人間がいるとすればこいつだった。

 担任の教師はなんとカズオに敬語を使う。

 前の担任が帰宅途中に正体不明の連中に襲われたという話は全校に知れ渡っていたから、たぶんビビってたんだろう。

 カズオは学年で一番背が高かったけれど、成績は僕らよりずっと低空飛行していたはずだ。絵に描いたような馬ヅラで、すこし足りないんじゃないかというくらい間延びした話し方をする。息も底なしに臭い。そこで見下したりすれば、ヤツの思うつぼだ。

 思えば、はじめて僕があいつにあったときそんな目線を送ったのかも知れない。

 そして僕は中学校に入学以来、ずーっとその償いをしているってわけだ。


 僕は二人分の鞄を持ちつつ、よろめくカッちゃんに肩を貸して玄関に向かった。

 廊下でときたま通りすぎる生徒は僕らのことなんか見向きもしない。もし声をかけたとか、助けたとかカズオの耳に届いたら、めでたくイジメられっ子隊のメンバーになってしまうわけだし、それは誰だってイヤだろう。僕はみんなの気持ちがわかったから、許してあげた。

 でも先月からメンバーの数が減ったから、一人当たりのイジメ量が半端なく増えている。

 僕たちと一緒にいじめられていた佐々木君は、先月から登校しなくなった。

 新井君からきいた話では、やつらに羽交い締めにされたあげく、実験室の過酸化酸素水をむりやりのどに投入されたという

 その日は新井君は塾があるので早く帰っていたし、僕とカッちゃんが掃除当番だったから、一人で帰ろうとしたときに捕まったらしい。

 自分の吐いたゲロに埋もれていた佐々木君を発見したのは施錠しに来た理科教師で、そのときはさすがに救急車をよんだんだけど、しばらく入院することになった。

 病院でぽつりぽつりと何をされたか話してくれたけど、誰がやったかについては貝みたいに口を閉じた。

 で、犯人もいつものごとく――わかってるんだ。本当は――わからないことになった。

 退院してからも、僕たちは何度も佐々木君の家にいったんだけど、ひきこもって出てこない。しだいに両親も僕たちを疑っているような目つきになっていった。まるで僕たちが原因みたいに。

 それから二度と佐々木君の姿を見た者はいない。


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