旅行紀:学生編
紫水街(旧:水尾)
香港
香港 一日目
三月十四日(月)
かねてより友人と二人で企画していた香港旅行、当日の朝は目覚ましに叩き起こされた。それというのも、前日の夜三時まで、 借りてきたCDをパソコンに移す作業を行っていたのである。一泊二日でレンタルしてきた妹を恨みつつやっとのことで全て移し終え、三時間の睡眠の後に五回目のアラームで起床。眠い目を擦りつつ、親父の車で福岡空港国際ターミナルへ向かう。
昨日と一昨日は親父を佐賀県まで送ったり迎えに行ったりしたので、早朝といえども親父に送ってもらう権利は十二分にあるはずなのである。渋々了承した親父、しかし博多っ子のため時間にルーズで(これは古来より博多時間と呼ばれていて、博多っ子が時間にルーズなのはもはや伝統に近いのである)結局友人との約束に七分遅れてしまった。
合流した友人に謝りつつ、荷物を預けに行く。そして出国。
待合室で三万円を香港ドルに両替しておよそ千八百HK$、初めて見る種類のお札に興奮は否が応にも高まり、まだ見ぬ香港の地への憧憬を掻き立てられたものの、それゆえに出発までの一時間半は大層手持ち無沙汰であった。このときのために買っていた本、三浦しをんの「きみはポラリス」を読みつつ時間を潰し、いよいよ搭乗。
一旦上海まで飛び、乗り換えて香港へ行くのであるが、飛行機で出た機内食のおいしさに感動し、次の便の機内食に戦々恐々としていた。何しろ次は中国発の便である(中国を馬鹿にしているわけではないが、果たしてどんな料理が出るのか…?)から、せめて食べられるものが出て欲しい……と大変失礼なことを考えつつ眠ったり喋ったりしているうちに上海に到着した。
上海でのトランジット、早速行く場所を間違い、あわや中国への入国を果たすところであった。臆せず係員を呼び止めた友人のおかげで正しい場所はわかったものの、今度は「これを体の目立つところに貼っておけ」と言われたステッカーをなくしてしまった。ポケットに入れておいたのだが、何かの拍子に落ちたのだろう。しかしその後何も言われなかったので、結局必要なかったようだ。
(追記:帰国後、ステッカーは筆箱の中から出てきた。ボケ老人か!)
友人が何の躊躇もなく英語で係員に話しかけるのを見て、惚れそうになったのは秘密にしておこう。
待合室は人でごった返しており、しばらくしてやっと座る場所を見つけたので座ってほっと一息ついた。人民元には両替していなかったので売店は熊猫の置物を眺めるだけにとどめ(熊猫がパンダであることぐらいは知っている!)、三角錐の形の紙コップに驚き、可愛い眼鏡っ娘を眺めたりして時間を過ごした。中国には眼鏡っ娘が多いように見受けられる。よきかなよきかな。天地広しと言えども、すっぴん眼鏡に敵うものなし!
さて、定刻になっても飛行機は出ない。しかし、結局およそ一時間の遅れであったので、まあ想定の範囲内である。
今度の飛行機に日本語はない。慣れ親しんだ母語はカケラも聞こえず、英語を必死に聞き取ろうとするもなかなかわからず、国際交流の難しさを痛感した。
コーヒーをもらおうとしてかっふぃーぷりーずと言っても通じず、こーひーと言っても通じず、とうとうorange juice?と聞かれてしまって仕方なくいえすと答えたらどうやら私が仕方なく答えたのに勘付いたらしく、tea or juice?と聞いてきたのでありがたくteaを頂戴した。どうやらCoffeeはメニューにないらしかった。
肝心の機内食はこれまたおいしく、べちょべちょのご飯の上にぶつ切りの鰻と茹でただけのほうれん草、人参が乗っており(筆者の表現力のなさで大変まずそうだが、本当においしかったのだ)欲を言えば蒲焼風のタレが欲しかったもののあんかけ風のとろりとしたタレもこれはこれで大層旨かった。食後のデザートに出てきたアイスも溶けかけてはいたものの美味であり、見くびっていてゴメンナサイと心の中で頭を下げた。
隣に座っている男性はアイマスクを付けて寝ていて、鼾と貧乏ゆすりと容赦のない咳で私を大変不快たらしめたのであるが、コノヤロウ隣でいろいろ五月蝿いんじゃと日本語で文句を言っても相手には通じないのであった。中国語では言わなかった。言えなかった。
機内のトイレの吸引力にも驚いた。シュゴーッと音を立ててものすごい勢いで吸い込まれていくので、これなら人間の一人ぐらいは……とミステリーを書き始めそうになった。もちろんアイデアが浮かばなかったのですぐにやめた。
スマホを使うなと中国語で注意されたが聞き取れなかったので使い続け、二回目に言われたときになんとかイニングリッシュプリーズと言えたので乗務員さんも英語で慇懃無礼に機内でスマホ使ってんじゃねえぞと繰り返し、ここでようやく私はスマホをバッグにしまった。この場を借りて謝っておくが、一回目に言われたときは聞き取れなかったのである。それも当たり前、私は大学生だがスペイン語選択だ。中国語など知るか。
そしていよいよ香港の地に降り立つ。香港の土を踏みたかったが最近はどこもきっちり舗装されていて、仕方なく私は香港の舗装された石を踏んで喜びの舞を踊った。
空港の広さに驚き、読めそうで読めない漢字にもそろそろ慣れてきたところでICカードを購入した。これはオクトパスと呼ばれ、日本で言うところのnimocaのようなものである。これを用いてバスに乗る。
バスはなんと二階建てで、当然の如く二階に座って車窓から風景を眺めつつこの文章を打ち込んでいる。曇ってさえいなければもっといい景色だったろうが、雨よりはマシだろう。
この友人は写真部であり、先ほどからずっとパシャパシャとシャッターを切る音が聞こえてくるが、私は文芸部なので感動は文として残すのである(ここで写真を撮るために執筆を中断)。
さて、運転免許取り立てほやほやである私は当然、標識や看板、車種に目が行くのであるが、どの車も右ハンドルであれあれあれと目を疑った。どうやら海外なら左ハンドル、というわけではないようである。
さらに、信号が低い。二階建てバスやトラムがぶんぶん通るからなのだろうか、上ではなく道路脇に立っている。これは面白かった。
そして車窓から見える建物の高いこと高いこと、東京に行ったときも上を見上げながら歩いていたせいで首が攣りそうになったが、ここはまた別格の高さ、見上げすぎて首がフクロウのように180°回るかと思われた。
さあ、旺角(モンコック)に宿をとってある。香港と言われればこの街並みを思い浮かべる人が大半であろう、赤や青の看板や店がひしめき合う雑然とした街並みにはステキなものを感じるが、見とれてぼんやり歩いていてスリやひったくりに遭わないよう気をつけたいものだ。
旺角に着いた。しかし宿が見つからない。一泊千五百円の超安宿、大学生の貧乏旅行には心強い味方だが……宿まで辿り着けなくては何の意味もないではないか!
友人があっちに行ったりこっちに行ったり試行錯誤し、マップと現在地を見比べてうんうん唸っているので私はそのあとをてくてくと付いていった。自慢じゃないが私はかなりの方向音痴だ。私が進む方向の反対側には常に目的地が存在する。よって余計な口出しをせぬほうが結局早いのである……ほら、ここだ。
宿の主人らしき人に「予約していた◯◯ですけど……」と友人が英語で声をかけると、宿の主人がノートをめくって……って、手書きかーい!と声が出そうになった。横に置いてあるMacは飾りなのか。そうなのか。
なんとかチェックインし、ホテルの部屋に入ると、想像以上と言うべきか、想像以下と言うべきか。部屋全体にトイレ(硫黄?)の臭いが立ち込め、どうやって入れたのか不思議になるような配置でベッドが二つ置かれている。浴槽のないユニットバス、全て丸聞こえの薄い壁、まあなんとも値段相応と言うべき部屋であった。しかしWi-Fiが付いているので文句は言えない。こうして香港旅行紀を更新できているのも、このWi-Fiのおかげなのだから。
さて、荷物を置いたら晩ごはんを食べに夜の香港へ繰り出す。せっかくだから地下鉄で尖沙咀(チムサーチョイ)へと向かい、シンフォニーオブライツなるショーを見学した。ビクトリアハーバーを挟んで向かい側、香港島に立ち並ぶ高層ビルの群れ。そこから音楽とともに光の柱が立ち昇る……と聞いて大変わくわくしていたのであるが、実際はスポットライトとレーザービームが申し訳程度に光っているだけであった。過大な期待はよくないものである。
さて、このとき実はインド人の男の人に声をかけられ、「オニイサン、ハッパアルヨ」と言われたのだが、ハッパとはおそらくあんな感じの葉っぱであり、これはもう絶対にヤバイ奴だとエンジン音を聞いてブルドーザーだと認識できるように理解したので、無視して通り過ぎた。ここで立ち止まっていれば私の体は数日後、ボロボロになって香港の路地裏で朽ち果てていたことであろう。夜の香港、げに恐ろしきかな。
ショーも終わったので定食屋を探すも、居酒屋や高級店ばかりでなかなか大衆食堂的なところが見つからない。探し歩くこと数十分、とうとう見つけた店はメニューが日本円にして五百円から千円、ここだここだと喜び勇んで店内に入り、試しに干炒牛河と滑蛋蝦仁飯を注文した。見た感じで言うと牛肉入りの平たい米麺、そして海老卵丼である。
恐る恐る実食した我々の顔が驚きと幸福感に緩み、箸を持つ手が止まらなくなるまでにそう時間はかからなかった。美味い。美味すぎる。
あっという間に完食し、(ちょっと残すのがマナーだったような気もするが)水は飲まずに会計を済ませて店を出た。水には変な油が浮いていたのである。
そこで、飲み物を買うため近くのセブンイレブンに入った。香港の街には至る所にセブンイレブンがあるのだ……そこには日本で売られている商品がやや高めの値段で大量に売られており、ちょっと安心した。とはいえ食べたことのあるものを買ってもつまらないので、敢えていろいろ挑戦する。梨ジュース、マンゴー味、のソフトキャンデー、熊の足の形をしたアイス……という絶妙なラインナップを購入し、店を出てホテルに戻った。
アイスも梨ジュースもおいしかったが、ソフトキャンデーがものすごく歯にくっつくのには文字通り閉口した。奥歯が接着されて口が開かぬ。
部屋に戻って温度調節の難しいシャワーを浴びたが、冷水でないだけ感謝せねばならないだろう。シャンプーも石鹸も念のため日本から持ってきたが、その必要もなかったようだ。
スマホをWi-Fiに繋げると、友人たちから誕生日おめでとうとメッセージが来た。香港では十一時でも日本は十二時、もう日付が変わったのだ。
そろそろ眠くなってきた。明日のために、もう眠るとしよう。
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