身代わり

「わたしのことは遊びだったの。」

「あそびというほど楽しくないな。」

 彼は紫煙を燻らせながら、目も合わさずに吐き捨てた。


「殺してやりたい。」

 私は居酒屋で一人、管を巻いていた。

「殺してあげるわよ。」

 同じく一人で呑んでいた、中年の女性が話しかけてくる。

「代わりに私の夫を殺してくれればね。」

 そう言って女性は男の写真を差し出した。

「了解、了解。交換殺人ってわけね。」

 女性は声も上げず微笑んでいる。

「そうね、お互い関連も動機も無い人だから、捕まることもないはずよ。」

 私達は酒の勢いも手伝って、交換殺人で盛り上がっていた。


 それから数日後、たまたまつけたニュースに愕然とした。

 彼が他殺体で見つかったのだ。

 おもむろになる携帯電話、相手は例の女性だった。

「どう、次はあなたの番よ。」

 まさか本当に殺すなんて、殺されて当然とは思っていたけれど。

 鼓動が早くなる。

 まだ未練があった、ううんそれはない。

 むしろ我が身に降りかかった出来事に戸惑いを隠せずいただけだ。

「考える時間をあげるわよ。」

 そう言い残し、通話は切れた。

 考える時間ってどのくらいだろう。

 その日は一日なにも手につかなかった。

 そして夕方のニュースで一変する。

 彼を殺した犯人が捕まったのだ。

 しかしそれはあの女性ではない。

 全く知らない人物だ。

 おもむろになる携帯電話。

「どう、ニュース見た。言ったでしょう、捕まらないって。捕まったのはどっかのバカなやつよ。人の罪を被るなんてご苦労様。」

 もう後には引けなかった。

 私は言われるままに男を刺した。

 闇夜に紛れ、背中を刺した。

 ナイフが背骨に当たりずれる感覚が手にとるように分かった。

「私は捕まらない。そうだ、捕まらないんだ。」

 部屋の隅でうずくまっていると、呼び鈴が激しくなった。

「警察です。いるのは分かってるんですよ。」

 私は捕まらない、捕まらないはずなんだ・・・


 そして理解した。

 今頃あの女性は電話を掛けているだろう。

「次はあなたの番よ。捕まったのはどっかのバカよ。」

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