在りし日の思い出

 バス停に佇む一人の老人。

 なんだかきょろきょろとしている。

「どうしました、バスを待っているんですか。」

 とある高校生が話しかける。

「いや、人を待っているんじゃが。」

「待ち合わせですか。」

「いや、ふと以前のことを思い出してしまってな。待っても来るはずがない人じゃよ。」

 そう言って、携帯電話のチラシを握りしめた。

「いつだったか、ずっと昔のことのようで、それでも目を閉じると鮮明に浮かび上がってくる。」

「恋人ですか。」

 老人は首を横に振る。

「そんなものじゃない。ただ遠くから見ていただけで、わしのただの片思いじゃよ。」

 そしてチラシを見つめていた。

 そのチラシには、今売り出し中の女優が屈託のない笑顔を見せている。

「その人に似ているのですか。」

 老人はゆっくりと頷いた。

「面影が・・・どこか少しだけ。今朝このチラシを見たとき、心の中に溢れ出るように彼女の笑顔が沸き上がってきたんじゃ。」

「少しお話を聞かせてくれませんか。」

 同情だろうか、興味本位だろうか、高校生は老人の話に耳を傾けた。

 そのほとんどが、とりとめのない話だった。

 そしてバスが来た。

 大きく目を見開く老人。

「彼女じゃ、彼女が乗っておる。」

 まさかそんな奇跡が、高校生は車内を見回した。

 確かにチラシの女優に面影が似ている人がいた。

 ハッキリとこの人だとわかる。

 彼女は女子高生だったから。

「遠い思い出じゃないのかよ、この色ボケ老人が。」

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