対なる契約者の代理戦争(ストルゥグレ)

川崎厚未

プロローグ


 この世界は数年前を境に二つの国に分断された。


 一つはヨーロッパ、ユーラシア大陸を中心に魔法の技術が普及したした『マリフィツァ連邦』。


 もう一つはアメリカ大陸を中心に科学が急成長した『シンス連合国』。


 そしてこの科学と魔法の発展を支えているのはある二冊の裏表紙のない石化した意思を持つ書物が関係していた。


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 《isctチップ》

 このチップが開発され、普及してからはや100年が経とうとしていた。

 チップの普及により、人々は携帯電話(スマートフォン)を持たなくなった。

 

 何故か…isctチップがあれば今まで携帯電話でしていた、通話、メールなどの事が出来てしまうからだ。なおかつチップのおかけで目の前に画面をイメージすればスクリーンと呼ばれるデバイスが出現するので一々携帯電話を取り出すような動作が要らないことも普及の原因でもあった。


 そしてチップの開発者ジョン・クラナドはある言葉を遺していた。


「我々人類はこのチップにより新たなステージに上がる事だろう」と


 当日人々はクラナド氏が理解出来なかった。だが、この言葉の真意は直ぐに露見した。

 それはチップを埋め込まれた人々がクラナド氏の言葉の通り例外なく固有の『能力』を発現させた。


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 2020年某日某所、一組の夫婦に子供が生まれた。


 その子供にも例外無く脳に情報共有端末チップを埋め込まれ、個人情報を周囲と共有される筈だった。だが、その子供の情報はどんな手段を使おうとも決して周りに共有する事が出来なかった。


「この子の情報を閲覧する事が出来ないのは何故なんだ?」


 産婦人科の医師の一人が手元のタブレットで作業をしながら自分の横に居るナースに愚痴をこぼす。


「チップの故障か何かじゃないんですか?今までだって前例がないわけじゃないですし」


 ナースは作業をする手を止める事無く医師の問い掛けに返事をする。


「そうかねぇ……」

「そうですよ。それ以外思い付きますか?」

「確かに思いつきはしないが……」


 だが確実におかしいと医師は納得しようとしない。

 それもその筈、なんとその子供はもう四度もの手術が行われたのである。


 それにもかかわらずisctチップは一切反応を示さない。


「もしこんなに故障したチップがあったら、これを造っている会社は訴えられるんじゃないだろうか?」

「きっと偶然四つあっただけだと思うんですけどねぇ」

「偶然なら良いんだが……もう流石にこの子に一日に何度も施術を施す訳にはいかないな。また後日するという事で一旦この話は終わろうか」

「そうですね、他の子供達の記録もありますしね」


 と、その子供について医師は考えるのをやめた。


 手元のタブレットに後日再手術と打ち込みその子のタブレットの電源を落とし、次の子供の記録の為別のタブレットの電源を入れ作業を再開した。


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 2023年頃、彼は幼稚園に入園しこの頃ようやく情報登録がされた。


 2025年…彼は幼稚園年長になった。


 そして…


 彼はある運命的な出会いを果たす。


 彼はその日もいつも通り1人で歩いていた。

彼は生まれつき異様に存在が希薄であった為、友達が出来たことがなかった。


ただ、いつも通りとは言えない状況ではあった。何故か?それはその日が幼稚園生の誰もが待ちに待っていた年に一度の遠足の日であったからである。


 ちなみに何処を訪れているのかと言えば山に隣接する、いたって普通の公園である。


 「わたしここきたことあるー」

 「なにここー?」

 ガヤガヤと言葉が飛び交っている。

子供特有のキーキーとした黄色っぽい声である。


 「はーい。みなさーん?」先生の呼びかけで子供達は一斉に静かになる。

 

「ここからは自由時間とするから思い思いに遊んでね?」


『「はーい」』元気のいい一斉の返事。

返事とともに各々自分が面白そうだと思った所ー遊具(ユウグ)や芝生(シバフ)ーに向かっていく。


 まあ、例外はどこにでもあるもので、


 ただ一人彼は何かに導かれるように山の方に向かって行った。


 林の辺りを散策していく。

 ふと、気になるものを見つけた。

「……?」

そこにはちょうど見繕ったように子供が屈んでやっと入れるような穴があった。


「……うんしょっ」屈みながら慎重に進んでいく。だが、狭いのは入り口だけのようで中は木々がトンネルのように曲がっていたため通りやすくなっていた。


首をかしげながらも内心はワクワクしながらトンネルのようになっている何処を歩き続ける。歩くこと数分。突如、トンネルのように曲がっていた木々がドーム型に広がった。そこには水の澄んだ湖が広がっていた。




 しかし、其処には湖に似つかわしくない奇妙な物が置いてあった。




 奇妙な二冊の裏表紙のない本が湖の真ん中で宙に浮いているのだ。




 そしてそんな静かな湖畔に声が響いた。

『やっと来た!』

『そうね』

 

 片方は元気のいい声で、もう片方は控えめに。


「……え?」

 響くはずのない声に彼は声を上げる。

そしてあたりを見回すがそれらしいものは見当たらない。すると再び…


『待ってたよ〜ずーっとね』

『そう、私達は待っていたの』


 またもするはずのない声が響いた。

 声のする方を、湖の中央を見る。


其処には2冊の裏表紙のない本があった筈だった。


 だが今そこには2冊の本に変わるかのように2人の少女が居た。


 片方は木々の間から差し込む光に反射して煌めく、腰まで届く長いウェーブの掛かった金髪を持つ長身の少女。


 歳は10代後半、17、8と言ったところか。しかし、歳に似合わずじっと出来ないのかユラユラと体を揺すっている。


 もう片方は湖面に反射した光を思わせる、艶のない銀髪を肩あたりで短く切りそろえた小柄で大人しそうな少女。


 年齢は幼そうに見えるが、金髪の少女と違い、じっと少年を見つめている。


むしろの銀髪の少女の方が年上と言われてもおかしくはない。


 共通点があるとすればそれは服装だった。

どちらも色は違うが作りは同じのワンピースを着ていた。

金髪の少女は白

銀髪の少女は黒


 彼は目をこすりもう一度確認する。

しかしそこには変わらず白と黒のワンピースを着た少女が2人佇み、少年を見つめていた。


少年と少女達の目が合う。


 金髪の少女の瞳はさながらサファイアのような深い輝きを放つ蒼い瞳。しかしその輝きの中にはその少女の活発性を伺わせる明るさと幼さも含まれている。


 銀髪の少女の瞳からは金髪の少女とは対照的にルビーを彷彿とさせる紅(クレナイ)の輝きを放つ。しかし、その瞳は暗く輝いている。さながら、銀髪の少女の思慮深さを象徴するように…。



「うちこの子気に入った!」

金髪の少女が突然声を上げる。

 

 そして矢継ぎ早に

「うちと契約しない?契約すれば魔法が使えるようになるよ!1度は使ってみたいよね魔法‼︎」

金髪の少女は彼に呼びかける。


「けい…やく…?」

 彼は何を言っているのかわからないと言ったふうに首をかげる。


 すると次は銀髪の少女が

「抜け駆けはダメ」

 透き通るような声で金髪の少女の意見に反発する。


「私と契約するといい。契約すれば魔法よりもいい科学の力が使えるようになるの。」

と抑揚に欠けた声で言った。


 そしていつの間にか彼の目の前まで来ていた2人の少女は顔を突き出し

「「どっちと契約する(の)?」」

と少年に迫った。


問われた少年は……


「う……」


「「う?」」


「うわぁぁぁぁ‼︎」


問われた少年は……逃げ出した。


 無理もない話である。

突然現れた少女2人から契約しろと言われれば誰でも戸惑ってしまう。まして、少年はまだ幼稚園の年長。

 言葉の意味もわからければ、精神も成熟していない。

 逃げてしまうのもそれは仕方のないことである。


「「ま、待って!」」


 そんな少女2人からの制止も聞かず少年は元来た道を走り去っていった。


「「こ、こうなれば……魔法(科学)の力を使って……」」


 2人はそれぞれの力を使い少年を探す。


金髪の少女と銀髪の少女はそれぞれ目の前に森の俯瞰図を出す。


金髪の少女の俯瞰図には赤、青、緑、白、黒に輝く点が、銀髪の少女の物には波紋がそれぞれ現れる。


しかし……


「「あれ?反応……なし?」」


 いくら捜索しても彼の反応を掴むことはどちらにも出来なかった。


 有るのは近くに居る彼と同じ様な幼子の反応だけだった。


「ねえ?どうしようか」銀髪の少女は金髪の少女に問う。


「こうなったら競争しかないね」金髪の少女は答える。


「そうね」銀髪の少女も同意する。


「「どちらが先にあの子と契約するか…」」


「「勝負!」」

 そう言うと2人はその場から消えていた。


 そしてこの日を境に世界は二つに分かれた…

 

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