Section36 ふたり暮らし

 彼女のサエコと住み始めて、一ヶ月が経とうとしていた。


 まあ、予想できていた通りの、さして面白みのない二人暮らしだけど、それはそれで僕自身は満足している。


 サエコがどう思っていて、どう感じているのかは分からないけれど、


 これが現実……、というか日常、ということなのだろう。


 「本当にさ、当たり前になるんだよな。家にいることがさ、もうなんていうかさ、トキメキ?みたいなやつ?……ってか、ドキドキ?って感じかな。……そういうの本当になくなるんだよな。だったら俺は彼女のどこに興奮したらいいの?ってなるんだよ。……悲しいけどな、どうしたってそうなってしまうのを避けられやしないんだよ、二人で一緒に暮らすってのは」


 友人のマサキは、トキメキ、やら、ドキドキ、やら、まるで女の子が口に出しそうな言葉を平気で口にした。


 それは少しの酒の影響かもしれないけれど、それにしてもマサキがそんなことを言うのは意外に感じられたから……、だからなんだか妙に説得力があったりもした。



 ……一ヶ月経ったけど、まあ、僕たちの生活はそれなりだ。


 トキメキやドキドキが失われてしまったのかどうかは判断できない、……とにかく今は普通なのだ。


 「ただいま」


 僕は、サエコが待つ家のドアを開ける。


 「あ、おかえり」


 帰ってきた時に、部屋に充満したカレーの匂いを感じるのは、一人暮らしの時はなかったんだ。


 「今日はカレーだよ」


 そう言って笑うサエコに、「匂いで分かるよ」と僕は答えた。


 僕はただ思うのだけど、


 こんな日常があるのなら、トキメキやドキドキなんて、大したものじゃないんじゃないかって、


 僕はただそう思うのだった。


■古びた町の本屋さん

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