Section12 海のざわめき

 夜の海は、恐怖さえ覚えるような形相を私に向けた。気を抜いたら一瞬で呑み込まれてしまいそうな顔に、私は一歩後ずさる。


 「つーか、突然海が見たいってなんだよ?しかもこんな寒い季節に……」


 隣でコウキが文句を言った。言われて当然なのは私。だって私はあまりにも唐突に「コウキ!海が見たいの!」と言いだしたのだから。


 「は?なんで?」


 「なんでも!」


 「てか今冬だし」


 「見るだけだもん。入る訳じゃない」


 「あーあー、分かったよ。じゃあ今度の休み連れてくから」


 「今なの!」


 「は?」


 「今見たいの!」


 ずっと渋っていたコウキだったけど、結局今私は夜の海の前にいる。コウキはいつだっていくらでも文句を言うけれど、最終的には私の願いを叶えてくれる。彼はいつだってそうだ。


 「ありがとう。連れてきてくれて」


 波の音に負けないように、大きな声でコウキに言った。


 コウキはまた少し意地悪な顔をしてから、ふっと鼻で笑った。そして、


 「いつものことだよ」


 とだけ言った。


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